君のため | ナノ
 6 〃



 晴紀の名前も出されたせいか、横目に晴紀を見れば青白くなった姿が目に入った。

 やめてやめてやめてっ!!俺のきれいな弥生に変なことを言わないで!汚さないで!
 俺の負の部分を弥生が知る必要無いんだっ

 まさかとは思うが、今この場で千麻があの日のことを言ってしまうのでは、と思うと気が気じゃなかった。
 それは青白くなっている晴紀も同じ気持ちだと思う。

 「そうだったんだ!...あ、そうだそれより今はそれどころじゃなかったね!今からちょっとトイレに行ってその汚れ少しでも―――」

 ――ガンっ!!

 突然響く机を強打する音。音の発信源は晴紀でも千麻でもなく.....和史だった。

 「弥生から離れろ下衆野郎...」

 少しずつ千麻に近づいていき胸倉を掴んで弥生から引き離す。

 演技かどうかはわからないが、千麻は眉をひそめ苦しげに息をもらした。

 「何やってるの和史!!乱暴にするな!」

 すぐに弥生はそんな和史を止めに入ろうとするが、漸く動きだした晴紀に抱きつかれるようにして動きを止められる。

 「弥生、落ち着いてっ」

 「晴紀離して、それに落ち着くのは和史の方だ。相手は何もしてないのに...っ」

 弥生は晴紀を身体から離そうとするが、晴紀もべったりとくっついてしまっていて中々離れない。
 俺は何もできないままその光景を眺めていた。
恐怖と嫌悪が俺の中を交互にせめぎ合い、冷や汗が頬をつたう。

 「お前なんかが弥生に近づいていいと思って―――」

 「あの...ごめん、この手離してくれないかな。ちょっと息苦しくて...」

 ゆっくりとした動きで和史の手首を掴む、千麻。
その瞬間、和史は眉間に皺を寄せパッと胸倉を掴んでいた手を離した。

 「ふぅ、離してくれてありがとう。えーと、和史君、だっけ?ごめんね。俺、なんか君を怒らせちゃったみたいだね」

 どこか他人行儀な態度を和史にとる千麻。そこで、ふと俺は疑問が浮かぶ。
 先ほど千麻は俺と晴紀のことは知り合いだと公言していたが、和史のことは一切触れていなかった。

 ...なぜだ。なぜ、和史だけを。

 まるで千麻と和史は今、初めて会うかのような態度。
 いや、しかしそんなのはおかしい。
だって、初めて千麻と会った時、そこには俺や晴紀はもちろんのこと、和史もいたのだから。
しかも、たしかはじめに千麻に手を出したのも和史だったはずだ。

 千麻が和史を知らないはずがないのに...

 「...ちっ」

 そんな千麻の態度に和史も何か引っかかったのか、不機嫌そうに眉間を寄せながら1人、早足でその場を去っていってしまった。

 どこか動揺を隠すかのような足取りに俺は少し驚く。まるで、それでは和史が千麻から逃げたようにも見えたから。

 「あ、あの...」

 「あぁ、本当気にしないで!君が気に病むことはないよ。それじゃあ、俺もそろそろ行こうかな。汚れを落としにいかなきゃだしね。騒がせちゃってごめんね」

 晴紀に抱きつかれたまま弥生は千麻に声をかけるが、当の本人はさわやかに笑いその場を後にしようと踵を返し始めた。

 そこで漸く俺は張り詰めていた息を吐き出し、安堵する。...が、

 「あ...僕、沙原 弥生っていうんだ!!君の名前を教えてくれないかっ?」

 急に弥生はゆったりと歩く千麻の背中に向けてそう大声を出した。
 弥生は普段そういった目立つ行動をしないため、俺と晴紀は驚いて目を張る。

 「俺のことなら永妻君と綾西君が知ってるよ」

 後ろを振り向きニコリと笑う千麻に俺は焦りと恐怖を感じた。それは晴紀も同様らしく、先ほどまで目を見張っていたのに
今は視線を下げ、視界から千麻を消し去っていた。

 再び歩き出す千麻。そして、その姿を名残惜しそうに見つめ続ける弥生。

 その頬は僅かに赤く染まっているように見えた。

 「嫌、だ...っ」

 耳の奥で、あいつの笑い声が聞こえた気がした。






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