▽ 5 綾西side
あぁ、癒される、心地が良い。やはり、弥生とのこの時間は特別なものだ。
今はもう食事を楽しむよりも弥生との会話を楽しむことの方が自分にとって有益に感じるほどに。
祖母が外人らしく、髪の毛はきれいなミルクティー色をしており、それは耳が隠れるほどの長さまで伸ばされている。
白い肌にほんのりと赤い唇、そして頬。くっきりとしたアーモンド形の目の縁を囲む長いまつげ。
その容姿は酷く儚げで、例えるならば天使。もうそれは冗談ではなく本気でいえる。
「どうかしたの?泰地」
「んー、弥生に見惚れてたぁ」
「え?なーに言ってんのおバカ」
弥生はクスッと笑い、俺にデコぴんをしてきた。その行為に俺はなんだか嬉しくなり頬を赤らめる。
些細な行為でさえ、それに愛を感じることができる。
暖かい笑顔、優しい弥生。見た目だけでなく弥生は中身も最高だ。
だから...そんな弥生だからみんなも好きになったんだ。晴紀も和史も、皆、皆。
だけど俺はそのことについては何とも思わない。
だって俺も晴紀も和史も弥生の横に立つ“権利”があるんだ。
理由は簡単。地位もルックスも俺達はそろっているから。
それらが揃っているから俺たちはこれまで4人で仲良く弥生と一緒にやってこれた。
そうじゃなければこうも上手くこの関係が続くわけがない。
きっとこれは晴紀も和史も同じ考えだと思う。
だからそれがそろってもいない者は弥生に近づく資格もないんだ。
「ねぇ、今度はこれ食べてみてよぉ!おいしいよ〜」
自分のランチを一口分箸でつまみ、弥生の前に差し出す。
“えー、”といいながらも、小さな口で弥生はパクリとそれを食べてくれる。
あぁ、可愛い。あぁ、愛しい。
溢れるほどの愛情。心がポカポカと温まり、ドキドキと胸が高鳴る。
だから気がつかなかった。
忍び寄るあいつの暗い足音には。
「ちょっと僕飲み物お代わりしてくるね...って、わっ!」
楽しい会話が広がる中、弥生はコップを片手に立ちあがる。...が、急にイスを引いて立ちあがったことによってちょうど後ろにいた誰かにぶつかってしまった。
「ご、ごめんね!大丈夫?...じゃなかった!!飲み物が、」
ぶつかった相手の汚れてしまった制服を見て慌てだす弥生。だが、俺そして晴紀と和史は弥生を心配し、立ちあがったまま固まってしまっていた。
俺たちの視線の先...そこには千麻 愛都の姿があった。
俺の知らないふわりとした笑みを浮かべ、弥生を見る汚い瞳。
「いいよ、気にしないで。俺こそごめんね。どこかケガはない?」
弥生に触れようと伸ばされる白い手。
汚い...汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚いっ
「弥生に触るな!!」
反射的にその手をはたき落とす。
パシリとはたく音がやけに大きく聞こえた。
「泰地!!」
「だ、だって...」
それに対して弥生は途端に怒った口調になる。そして俺がはたいた方の千麻の手を掴み、腫れの様子を見始めた。
「重ねがさねごめんね...手も赤くなっちゃったし...」
「ううん、本当に大丈夫。心配しないで...だから綾西君のこと怒んないでやって」
ニコリと微笑み、そう優しげに言う千麻。丁寧な口調、柔らかな笑顔。
きっとあれは作りものだ。本当のあいつを知ってる俺だからわかる事実。
そうじゃなければ誰が見たってあれを作りものだって気づくことなんてできないだろう。
だから今頃晴紀も和史も多分、酷く困惑していると思う。
「でも...ん?...あれ、もしかして君は泰地の友達だったの?」
「あぁ、うん。そうだよ。あと永妻君とも...前に色々と“お世話”になってね」
「...っ」
千麻はそう言いちらりと俺の方を見てくる。その時ドロリ、と千麻の瞳の中が濁ったように見え、悪寒が走った。
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