君のため | ナノ
 4



 「そろそろ行くか」

 4時限目の終わりを告げるチャイムの音を聞き、食堂に行こうと気怠い体を起こして立ち上がる。
 
 綾西が去った後、授業を受けにわざわざ教室に戻るのも面倒だったのでそのまま俺は空き教室で過ごしていた。

 クッと身体を伸ばせば大きな欠伸が出る。
あぁ、だるい...だが、出だしが肝心だから気合いを入れなければ。

 食堂にはただ昼を食べに行くわけではない。ちゃんとした目的もある。

 それはあいつらと顔合わせをすること。そして、未だ写真でしか見たことのない沙原 弥生とも会っておかなくては。

 ...といっても、沙原 弥生とは運良く同室になったから今、会わなくても今日中には会うことになるのだが。

 あいつ...叶江も食堂にいるのだろうか。
綾西、永妻、香月の3人は多分大好きな沙原とともにいるだろうと予測できるが...。

 そもそも叶江は誰かと一緒に行動なんかするのだろうか。
 あの、人を人として見ていないような目をしたあいつが。

 そういえば、結局俺は最後の叶江の言葉通り、皮肉にもあいつと再び顔を合わせることになった。

 叶江は全てを分かっていたんだ。...宵人のことも。
 それなのにあいつは見殺しにした。きっと計画的に起こされた事実。
 許さない、あいつは殺してやる。生きる価値なんてないんだ。

 頭の中が憎しみで一色になる。

 「わーんこ」

 「...っ!」

 沈んでいく思考の中、聞こえた声。突然後ろから抱き締められて歩みが止められる。

 憎い声。背中から伝わる気持ちの悪い体温。

 「来るのが遅い。もっと早く来ると思ったのに」

 「っ、離れろ!」

 ガッと肘を叶江に向かって当てる。しかし寸前で避けたのか、あまり当たった感触はなかった。
 だが、そのおかげで叶江から離れることができた。

 「はぁ、せっかく躾けてあげたのにもう生意気に戻ってるし」

 「黙れ」

 何が“躾”だ。あんなのはただのあいつの自己満足なだけの...

 なんとか理性を保ち、募っていく怒りを胸の内に秘める。
 ここで動いてはいけない。これから...これから徐々に追いつめていくのだ。

 一端叶江から離れ、さっさと食堂に行ってしまおう。これ以上こいつと一緒にいたら気が狂ってしまいそうだ。

 「なぁ、宵人は元気か、今もまだおねんね中?」

 「...っ!」

 移動しようと叶江に背を向けた時そう、どこか楽しげに言う叶江の声を耳でとらえた。

 その瞬間、身体の全体に力が入りところどころ血管が浮く。
 拳は力を入れすぎて白くなってしまっていた。

 ふざけんな...っ、宵人は...宵人は...っ

 胸がきりきりと痛み苦しくなる。
それと同時に段々と冷静な判断ができなくなっていく。

 「あの時死んどけばよかったのになぁ、てか今ももう死んでるようなものだろ。早く葬式やってあげなよ」

 その時、頭の中で何かが切れる音がした。怒りで視界が真っ暗になる。

 気づけばもう身体が動いており、目の前にはバランスを崩しふらつく叶江の姿があった。

 拳がジンジンと痛む。叶江の頬は赤くなっていた。

 「あー、痛いなぁ、口ん中切れたし」

 口元をクッと右手で拭い、叶江は殴られた頬を触ってニヒルに笑う。

 「宵人は俺が守ってる。今も、これからも。...死なせない、ずっと一緒にいるんだ」

 「...へぇ、」

 まだ殴り足りない。もっともっと憎しみを込めてこいつを殴り倒したい。
 暴力的な衝動がふつふつと湧きあがる。

 だが、同時に理性も戻り怒りを抑えてくる。

 「ムカつくなぁ」

 「ぅっ...ぁ、」

 急に胸倉を掴まれそのまま思い切り壁に押し付けられる。叶江の素早い動きに抵抗することができなかった。

 「ここに復讐しに来たんじゃないの?まぁ、頑張ってよ。俺も協力してやってるんだしさ」

 「は?...な、に言って...」

 「ほら、同室者。お前が沙原と一緒なのは俺のおかげ。本当は2年になった時宵人の代わりに他の奴が入ったけど3年になってお前が来ることわかって、わざわざそいつを追い出して空けてやったんだから」

 追い出した...?そんなことお前なんかができるわけ...

 「俺さ、ここの理事長の甥だから大抵の“お願い”だったら聞いてもらえるんだよ」

 「甘やかされてるから」と、自嘲気味に笑いながら叶江はそう言った。

 予想外の事実に俺は言葉をつぐむ。
ここでのことはこいつの計らいだったのか。それにしても、それじゃあこいつは何を企んでいるんだ。

 叶江はあの3人と繋がりがあるのでは...
それなのに協力だ、などとほざいている。罠か...罠なのだろうか。

 ――しかし、それならそれで

 「あぁ、そう...じゃあ利用、してやるよ...お前のこと、」

 使えるものはすべて利用してやる。殺してやりたいほど憎いお前でさえも。

 自分より少し上にある叶江の目をまっすぐに見れば、酷く歪んだ瞳の中にいる自分の姿が見えた。

 徐々に大きくなっていく瞳の中の自分の姿。そして重なる唇。
口内を犯そうと入ってきた少し鉄臭い舌を拒み、叶江の下唇を強く噛めば、ジワリと新たに血の味がした。

 「...っ、はぁ。もう口の中血だらけだわ」

 「自業自得だな」

 溜息をし、俺から離れると叶江は口内の血を廊下に吐き捨てた。

 「躾けても時間が経つとダメだな。...でも今は躾けないでおいてあげるよ。せいぜい俺を楽しませて」

 「...勝手に言ってろ」

 ニヤニヤと笑う叶江。その笑みを不気味に感じながらも、今度こそ俺は叶江に背を向け食堂へと歩み始めた。



 「わぁ、弥生が頼んだのおいしそう。僕に一口ちょうだい」

 「俺も食べたぁい!弥生...俺にあーんして〜」

 「えー、僕もしてほしい!弥生、僕にもして」

 「いやいや、2人とも自分で食べなよ。僕のは好きなだけ食べていいからさ。...って、何、和史のそのフォークに刺さったお肉は、」

 「食べろ」

 「え?...うーん、じゃあ遠慮なくいただきます」

 「あーっ!いいないいなぁ、俺もやる〜〜っ」

 「僕も!」



 ―



 ――



 ―――


 「...チッ」

 幸せそうな4人の姿。食堂に着き、すぐに俺は奴らの姿を見つけた。

 沙原弥生を囲むようにして、左右にそれぞれ座っている永妻に綾西、そして沙原の向かいに座るのは香月。

 明るい口調に笑い声、朗らかな笑顔。

 それらは全て今の俺には“作りもの”でしかできないものばかりだった。

 宵人のことなど頭に無いように幸せそうな雰囲気を出す奴ら。...いや、きっともう気にしてもいないのだろう。


 今のところ宵人のことを心に留めているのは綾西ただ1人。でも、あいつも俺と同じような人種だ。

 俺に責められたことによって内心焦り、不安を埋めるかのようにして必死に沙原に縋ろうとしているのだ。
 ...俺が宵人を酷く求めたように、

 「楽しいのは...幸せなのは今だけだ。すぐに1人ずつ堕としてやる」

 表情もなく4人を眺めてから、俺は接触するため計画通り動きだした。






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