▽ 1
鳴り響く飛行機の重低音。
そんな中俺は飛行機から降り、航空内へと向かう。
「お帰りなさいませ。愛都様」
「あぁ、ただいま」
航空内のすぐ入り口にいる使用人の男に荷物を渡すと俺は外へ向かって再び歩み始めた。
久々の日本。あれから約1年半が経過した。...未だに宵人は目を覚ましていない。
しかしまだ生きている。たくさんの機械に囲まれて。
かわいそうな宵人、報われない義弟。
漸くだ...漸く俺は宵人の思いを晴らすことができる。
長かった1年半俺はアメリカに行き繰上げでアメリカの高校・大学を卒業して日本へ戻ってきた。
必要な経済教育、一般教育は終えた。
1年間の自由を得るために両親から出された全ての課題は終わらせた。
だから今の俺はもう誰にも邪魔されることはない。
両親のおかげで地位も金も必要なものは全てそろっている。
「宵人...やっと俺はお前との約束を実行することができる」
宵人のためだ...宵人のために俺はこのつらい1年半を乗り越えてきた。
宵人を追い詰め、苦しめたやつらを許さない。
その中でも特に叶江、香月、綾西、永妻の4人...そしていじめのきっかけを作った転校生である、沙原 弥生に苦しみを...
あの後、まっすぐこれから通う全寮制の学校へと運転手に送ってもらった。
だだっ広い校内に入った俺はすぐに職員室に行き、担任であろう男を捜す。
「あっ、君は愛都君だね。こんにちは、私は3−Aの担任の井中です。今ちょうど君を迎えにいこうと思っていたところなんだ」
キョロキョロとあたりを見回していると、きっかりとスーツを着たまじめそうな男が近づいてきた。
「そうだったんですか。お気遣いありがとうございます。これから1年よろしくお願いしますね、井中先生」
「君はアメリカの方ですでに大学も卒業したと聞いているし、とてもよい教育を受けてきたんだね」
笑顔の仮面を張りつけそう返答すれば、井中は感心したように褒めてきた。
問題児じゃなくてよかった。まるでそういっているかのように。
人が求める理想の性格。そして人々を説得させるための弁論術。誰もが好意を持てるような笑顔。
それらも全て熟知した俺にとってこの目の前の男によい印象を与えるということは至極簡単なことだった。
「それにしても一体どうして愛都君はわざわざまた高校に通ったりなんかするのかな。全ての教育を終えたのに」
「それは...会いたい人がいるからですよ。とてもね」
「そう、なのか?っと、そろそろ時間だな。すまない話の途中だが、HRまで時間もギリギリだし教室に向かおう」
一瞬、疑問を問いかける井中だが、壁にかけられている時計を見て、少し早口で話を終わらせてきた。
そして俺を廊下のほうへ促し、目的地に向かって歩み始めた。
「ここの学校のシステムや校風はわかるかな?」
「...はい。学校から送られてきていた資料を読んだので大丈夫です」
というか元々俺はここに宵人と通う予定だったのだ。だからそこら辺はもうずっと前から知っているし、それでなくても宵人が通っていたのだ、そんなこと聞かなくても分かっている。
この男は俺と宵人の繋がりを知らないのだろうか。
「そうか、それじゃあ他に何か聞きたいことなどはあるかな?」
教室への道を歩きながら井中はそう訊ねてきた。
俺の斜め前を歩く井中の横顔を見つめ、横目に見てきたその瞳と目を合わせる。
「ここの学校に恵 叶江という生徒はいますか?」
「...あぁ、3−Cに同じ名前の奴はいるが。たしか1年の夏の頃に転校してきた...。その生徒がどうかしたのか?
もしかしてさっき言ってた会いたい奴というのはその生徒のことか」
――やはり、いた。ここに叶江も転校してきていたのだ。
「少し違いますね...会いたいのはその生徒の他にも何人かいるので」
宵人が病院に運ばれた翌日、俺はすぐに叶江のマンションへと足を運んだ。
目的はもちろん、憎しみを晴らすため。
しかし、奴はそこにいなかった。いや、正しくは“何も”なかったというべきか。
叶江が住んでいたはずの室内には奴はもちろんのこと、家具も何もかも残されておらず、もぬけのからという状態だった。
茫然とした俺は釈然としないまま、その部屋を後にした。
あいつは一体どこに...
そんなことを考えながらエントランスに出た時、このマンションの管理人だと名乗る男に呼び止められた。
その男に名前を聞かれ、怪しみながらも答えればあるB5サイズの封筒を渡された。
“恵 叶江というお坊ちゃんに君が来たら渡すよう頼まれていたんだよ。
来るまで部屋の鍵も開けとくよう言われていたから、ちょっと困っていたんだが...早く来てくれてよかった”
封筒を受け取れば男は安心したように笑顔になり、鍵を閉めに行くのか俺が来た方向へと歩いて行った。
封筒の中に入っていたのはこの学校のパンフレット。ただそれだけだった。
「今日からこのクラスに転入することになった、千麻 愛都君だ。皆仲良くするように」
井中に紹介されるまま教卓の前にいれば、教室内はざわめきだし、多くの視線が突き刺さった。
「どうも、千麻 愛都です。1年と短い期間ですが、どうぞよろしくお願いしますね」
ニコリ、と笑いそう言えば途端にざわめきは大きさを増した。
男のクセに頬を赤くして俺を見つめる多くの生徒。
―酷い吐き気を覚えた。
「静かに!それでは愛都君は窓側の一番奥の席に、」
「はい」
言われた先へ俺はゆっくりと歩いて行く。
―1人目見ーつけた。
俺を見て驚いた顔をしている存在。指定された席の斜め後ろの席にいる...綾西 泰地。
まずはお前からにしようか。
合わさる視線。俺は弧を描くようにして目を細めた。
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