君のため | ナノ
 10



 やわらかな光が射しこみ、自然と瞼が開く。

 「...ん。どこだ...」

 しかし、目を開け視界に入った部屋は見慣れない場所だった。
起きたばかりで頭が回らず余計に混乱する。

 「あっ、痛...っ」

 身体を寝かしていた、白いベットから立ち上がろうとすれば体中の節々が痛んだ。
 そしてその痛みによって、俺はあの最悪な行為の夜を思い出した。

 独特な臭いが充満する部屋の中、抵抗することもできずに長時間行われた羞恥の数々。
 もう理性が飛んだのか、途中からの記憶が残っていない。それだけ強い快感が俺を支配していた。

 今でもあの時の感覚を覚えている。
...気持の悪い、他人の...クソみたいな奴らの体温が残っている気がした。

 「クソっ、まだ取れてねぇし...」

 あの夜のことを考えていたくなくて、紛らわすかのようにあたりを見回すと首を動かすごとに金属の擦れる音がそこから聞こえた。

 首にひたり、とフィットした革製の首輪。それはベットと短い鎖で繋がっていた。

 こんな首輪なんかで繋がれて、服も何も身につけてなくて...まるで本当に犬のような扱いをされているようだった。

 そんなことを考えて、不意に俺はあることに気がついた。

 服を着ていなく、首輪をしてるというところは変わらないのだが、
あの三人との行為によって汚れた俺の身体は今、きれいになっていた。

 中に出されたはずのあいつらのあれも何もない。

 まさか叶江がやったのか...?俺が気を失っている間に...
 しかしあの叶江が他人の世話などするだろうか。
...まぁ、いい。誰がやったにしろ俺としては助かったことに変わりはないのだから。

 それよりも今は一体何日なんだ。俺と宵人が離れてどれほどの時間が経ったのだろうか。
 早く...早く戻らなくては。一秒でも早く宵人の元に...

 今の宵人は酷く不安定な状態なのだ。一人にしておけば何が起こるかわからない。
 俺がそばにいなくては...。

 しかし今の俺の状態ではここから出ることは不可能だ。
ここから出て宵人の元に戻るには....悔しいがあいつ、叶江に頼むしかない。

 きっとここは叶江の部屋の一室だ。
あの三人といたあの部屋とは違い、物がなく殺風景な部屋だがそんな部屋のせいもあって
ここを出るために使えそうな道具も何もない。

 部屋にあるのといえば、大きめのソファとモノトーンな机。そして俺が今いる簡素なベットくらいだった。

 叶江...叶江はどこにいるんだ。早くあいつにここから出してもらわなくては...

 あぁ、宵人。宵人宵人宵人。お前は今何をしているんだ。俺を探している?寂しくて泣いている?
...思いつめて、自分を傷つけている...?

 お前は俺がいないとダメなんだ。そして...俺もお前がいないと...ダメなんだ。

 俺たちはお互いが必要不可欠だ。
声が聞きたい。笑顔が見たい。早く宵人に会いたい...会わなければ。

 ―ガチャ...

 「...あぁ、わんこのお目覚めか、」

 「叶江...」

 ベッドから離れたところにある扉が開き、中から機嫌良さ気に鼻歌を歌う叶江が現れる。
 手には飲み物が入ったコップとサンドイッチがあった。

 「朝、食べるでしょ?」

 「ここから出せ。何考えてんだよ、お前」

 ここに来る前、夜はまだ食べていなかった。そしてここに来てからも。
 もちろんお腹はすいていた。しかし、今はそれよりもここから出ることの方が重要だった。

 「はぁ...食べる、だろ?」

 「...いらない。それよりも早くここから出せ。こんな首輪も外せ」

 やけに強調して問いかけてくる叶江に、一瞬怯むが先ほどと同じようなことを俺は繰り返し言う。
 無言で俺の方へ近づいてくる叶江。先ほどとは違い、一気に叶江が不機嫌になったのがわかる。

 息苦しい空気があたりに立ち込め、俺は眉をしかめた。

 ベッドわきのサイドテーブルに手に持っている物を置くと、ベッドの上に片足をおきズイ、と顔のすぐ近くまで近づいてきた。
 唇が触れそうになり、反射的に距離をとろうと叶江の肩をおす。

 「近づく、な...くっ、い...っ」

 「まーなと。お前、勘違いしてるよ?」

 肩をおした手首をギリ、と掴まれる。骨が軋み痛みで力が入らない。

 勘違い...?何が勘違いだというのだ。わからない。こいつの考えていることが何もわからない。

 「ふ...っ、んんっ、ぁ...やめ、」

 噛みつくようなキスをされ、体重をかけられるままベットに押し倒される。
 思い出すのはあの三人との行為。冷や汗がこめかみを伝う。

 「...はぁ、なぁ、朝飯食べるだろう?昨日だって“躾け”られて何も食べてないんだからさ」

 「...出してくれよ。宵人が心配なんだ、もういいだろ?ここから――」

 「うるさいな」

 「...っ」

 小さく舌打ちし、有無を言わせぬ瞳で睨まれる。
本能が言い返してはいけない。これ以上こいつを怒らせてはいけない、と頭の中で警報を響かせる。

 「ほら、口開けて」

 叶江は腕を伸ばし、サンドイッチを一つ掴むと俺の口元へ持ってくる。
 口を開けて、大人しく食べなければ。叶江のいう通りに。

 頭では分かっている。しかし、どうしてか身体に力が入らず固まってしまったかのように
唇が動かない。

 「だめだなぁ...じゃあ、俺が食わせあげるよ」

 そんな俺に痺れを切らしたのか叶江は持っていたものを自分の口に一口含むと、俺の鼻を塞ぎ、唇を重ねてきた。

 「...んッ、..はっ...ぅ、んんっ、ぐ、」

 呼吸が苦しくなり、酸素を求めて口を開けばその間から何かが入ってき、口内へ押し込まれた。
 少し湿ったパンの感触に野菜、そしてハムのような肉の旨味が広がる。

 「ははっ、なんか楽しい」

 俺から口を離した叶江はすぐに手の平で俺の口元を押さえ吐きださせないようにしてきた。

 ゆっくりと噛み、飲み込む。俺の喉が上下する所を見て、叶江は押さえていた手を離してくれた。

 「餌付けってこんな感じなんだな」

 「...や、やめろ。自分で食べ...んむっ...ん゛んっ」

 そして再び叶江はサンドイッチをかじると同じようにして俺にそれをあたえてきた。

 嫌がる俺のことも無視してそれから何度も何度も叶江はそれを繰り返し、結局俺は叶江が持ってきたサンドイッチ全てを食べさせられた。

 さすがに、俺も初めから自分で食べればよかったと後悔する。

 「あーぁ、全部無くなっちゃったな。まぁ、いいか。まだ、たくさんこれからできるし」

 空になった皿を見て、つまらなさそうに呟く叶江だが俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。
“まだたくさんこれからできるし”...それは一体どういうことだ。

 だって俺はすぐに宵人の元へ戻らなければいけないのに。
躾≠セってもう終わったんだろう?
俺はあの三人と吐き気がするほどの気持ち悪い行為をしたのだから、もう解放されたっていいはずだ。

 「なぁ、もういいだろ?俺は一刻も早くここを出るんだ。躾け≠セって終わった。こんなところに長居してなんかいられない」

 「...は?」

 「っ、だから宵人のところに――うぐっ、」

 いい終わらないうちに、叶江がひどく冷めた顔のまま俺の首を絞めてきた。
 気管が締まり呼吸ができない。苦しい苦しい苦しい。息が...っ、

 俺の苦悶の表情を見ても叶江は微動だにせず、首を絞めつけ続ける。

 殺される。いや、だ...嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、俺は宵人のところに...。
 再び味わう“死”への扉。殺される、そう本気で思った。

 「...ぁ、うっ...、かはっ、う、げほっ...けほ、げほっ、」

 「まだだ。まだ躾けは終わってないよ。お前、飼い主の俺からの躾けはまだ受けてないでしょ?」

 「げほ、げほっ...は、ぁ...ぁ、んんっ...やめっ」

 俺の下半身に手を伸ばした叶江はそのまま萎えた俺を掴み、裏筋を撫でつけ先端部を爪で引っ掻いてきた。

 「お前の全ては俺が支配する。俺がいいと思うまでな」

 明るい日差しが俺と叶江を照らす。

 「よい..と..」

 そう呟く俺の唇はすぐに叶江によって塞がれてしまった。






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