君のため | ナノ
 29


 あの約束の翌日。叶江は愛都に聞かれた通り現在の宵人の状態を話していた。それはまるで教科書を朗読しているかのようにスラスラと。しかし、それを聞いた愛都の表情は徐々に青ざめていった。

 「宵人が、急変...?」

 「詳しいことはわからないけどそうみたいだよ。あんまり芳しくないみたいだね」

 一体宵人に何があったのだろうか。“急変”のその2文字を聞いてから気が気じゃなくなり愛都の手は震え始めた。

 「どうしよう、宵人、宵人に何かあったら俺...お、れ生きていけない。どうしよう、どうしようどうしよう、会いに...会いに行かなきゃ」

 そう思った瞬間、愛都はベッドから出て足の鎖を引っ張り叶江の前に差し出した。

 「こ、これ取ってくれ!俺、宵人のところに行かなきゃ!宵人は俺のことを待ってるんだ、だから早く、早く取ってくれ!」

 震えた手でもった鎖はジャラジャラと音を鳴らし叶江の目の前で揺れる。しかし、あろうことか叶江はそれを無視していつものように椅子に座ると悠長に本を読み始めた。
 そんな叶江の姿に愛都は信じられない、と怒りを滾らせ叶江の本を掴んで投げ捨てると胸倉を掴んで立たせた。

 「ふざけるなよっ、お前どんな状況かわかってんのかよ!」

 「わかってないのは愛都の方なんじゃないの」

 「...ッ!!」

 叶江はさも興味のなさそうな目で愛都を見ると胸ぐらにかけられていた手を軽々と払った。幾分か体力の戻ってきた愛都であったがやはり、反抗できるほどのものはなかった。
まだまだ、2人の力の差は開いたままだったのだ。こんなんでは鎖の鍵を奪うことなんてできるわけがない。

 「で、でも俺こんなのに縛られてたら宵人のところに行けないんだよ!すぐに行かなきゃいけないのに...なぁ、叶江!!」

 「...人にもの頼む時の頼み方じゃないよね。自分の今の状況改めて考えてみたら。まぁ、俺は宵人がどうなろうが大して興味はないからどうなったっていいけどさ」

 叶江はその言葉に固まる愛都を一瞥すると落ちていた本を拾い直し再び椅子に座った。
 その間にも愛都の脳内で巡るのは宵人のことで...。この世界の中心は宵人なわけで、自分が生きているのは宵人が生きているからなのだ。自分はどうなったっていい、けど宵人がいなければこの世界は崩壊する。

−自分ができることならどんなことでもやらなければ

 そう、決心した愛都は叶江の前に立つとそのまま膝をつき床に頭を擦り付け懇願した。

 「おね、がいします...お願いします、どうか、宵人の元に行かせてください、お願いします...っ、なんでもするから、セックスだって...暴力でもなんでも俺のことは好きにしていいから」

 今の愛都にプライドも何もなかった。あるのは切実な願いだけ。その願いが叶うのならばどんなに憎い相手であっても頭を下げて請う。しかし、頭上から放たれたのは冷たい言葉だった。

 「...俺は別にお前に何かしたいわけじゃない。もちろん、セックスだってあんなのお遊びだし、ましてや犬のように飼いたいわけでも憂さ晴らしに殴りたいわけでもない。誰かさんたちと一緒にしないでもらいたいね」

 「...じゃ、じゃあ俺は一体どうしたら...」

 「俺の本当の望みが分からなければここから出ることはできないよ」

 「...ッ、」

 有無を言わさぬその言葉に頭が真っ白になった。そうして叶江を見上げる愛都の顔はいつのまにか涙と鼻水で汚れていく。そんなことも気にならないほどに途方に暮れてしまった。
 今までの奴等とは違う、叶江が何を望んでいるのか全くわからなかった。
 むしろ自分を好きにしてもらっていいという愛都を侮蔑も込めた目で見る叶江に焦りを感じた。
 願いが叶うなら自分はどうなってもいいと思っていたが当の本人はそんなこと望んではいなかったのだ。そうなるともう、愛都にできる手立ては一切なかった。

 「そんなのは、あんまりだ...」

 絶望に染まる愛都の瞳に光はない。叶江はそんな愛都に目を向けることもなく再びいつものように本を読み始めた。

 −俺は一体どれだけこいつに狂わされなければいけないんだ。俺と宵人を最後まで、苦しめて...

 「...絶対に許さない、」

 ゆらり、と再び立ち上がる愛都の手にあるのは先程まで外してもらおうと主張していた頑丈な鎖。

 「俺わかったよ、ここから出る方法。なぁに、簡単なことだよなぁ...」

 「...ッ!!う゛ぐっ、くっ...っ」

 生気のない声で語りかけながら、叶江に近づくと躊躇なく愛都は鎖を首に巻きつけそのまま床に押し倒した。
 ガタガタと椅子は倒れ、叶江は受け身も取れず床になすがまま倒れる。そんな叶江の腹部に愛都は跨り鎖で力一杯叶江の首を締め続けた。
 2人の力の差を考えれば殴り倒すことも手で首を締めて殺すこともできない。しかし、最初から愛都は持っていたのだ、非力であっても殺すことのできる凶器を。
 ギリギリと嫌な音を立てて鎖は叶江の喉元に食い込み締め付けていく。それは手で締め付ける何倍も苦しく死に至らしめるには最短であった。

 「ころ、してやる...お前がいなければっ、」

 徐々に青白くなっていく叶江の顔。首を締め付ける鎖に手を伸ばすがよもや力が入らないのかわななくだけとなっている。
 あともう少しで終わる、そう思った愛都だったが叶江の表情を見て一瞬怖気付いた。

 「何、なんだよ...っ、」

 幸せそうに、恍惚そうな表情で上がる口角。充血した目は苦しみを訴えるのではなく喜び愛都を一心に見つめていた。まるで欲しかったものを手に入れたかのような...幸福そのものだとでも言っているようだった。
 その表情はこの殺伐とした場所には不釣り合いで、不気味さを増幅させるが目が合った瞬間から愛都は捕らえられたかのようにそこから目を離せなかった。

 「はやく、死んでくれよ...っ!!!」

 最後、恐怖し追い立てるようにして力を振り絞った瞬間、どこかでボキリと音がした。

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ダラリと力無くたれる手。その瞳はもう、愛都を写してはいなかった。しかし、その口元は変わらず満足そうに微笑んでいた。




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