君のため | ナノ
 28


 目が覚めてからというもの、叶江はベッドの近くに椅子を置きほとんどの時間をそこで過ごすようになった。
 大体の時間はそこに座って1人本を読んでいる叶江だが、朝昼夜の食事時になると誰が作っているのか盆に食べ物を乗せて愛都のもとへ持ってくる。箸やフォーク、ナイフなどは一切触れさせてもらえず全て叶江が愛都の口元まで運び食べさせるのだ。
 最初こそ、反抗し一切飲食物は受け付けなかったが食わなきゃ死ぬ、宵人を1人おいて死ぬのかと言われ最低限の食事は摂るようになった。
 そんな愛都だが唯一部屋を出ることを許される瞬間があった。それはーーーー

 「...おい、」

 隣でいつものように本を読んでいる男に愛都は声をかける。それだけで分かったのか、叶江は読んでいた本をベッドに置き立ち上がる。そしてズボンのポケットから錠の鍵を出すと、愛都の足の鎖をベッド柵から外した。

 「さぁ、どうぞ」

 この鎖は叶江が持っている鍵がなければ柵から外すことはできない。ましてや力づくで引っ張ろうがビクともせず、無駄な足掻きとなって終わってしまう。
 鎖を自分の手首に巻きつけると、愛都の方を見ていつもの皮肉な笑みを浮かべる。愛都はそんな男に礼を言うわけもなく背を向け部屋に唯一ある扉の元へと歩いて行った。叶江は必ずいつも愛都を先に歩かせる。愛都に背を向けないようにするために。しかし、心身ともに弱り切った今の愛都に叶江を殴り倒すほどの体力は残ってはいなかった。それでも徹底して行動しているのはきっと叶江の用心深い性格からきているのであろう。
 ガチャリと開く扉、その先には長い廊下が続くが愛都が許されていたのはすぐ近くにあるもう一つの扉だけであった。

 「ごゆっくり」

 「あんたが近くにいたら用を足すのも気楽じゃないね」

 足に鎖がついているため扉は閉めきれず、半開きのまま愛都はトイレで用を足す。唯一部屋を出られる瞬間はトイレに向かう時だけであった。しかし、トイレの個室に窓はなく逃げ道はない。強いて言うならこの長く続く廊下の先に行けば逃げ道はあるのであろうが、いかんせん足は鎖で繋げられ叶江がしっかりとその先を掴んでいる。
 叶江を殴る力がなければ凶器もなく、逃げる術もない。行き詰まりを感じていた愛都は苛立っていた。
 あと少し、あと少しで復讐が終わるのに。
 叶江といえば愛都に対し暴力を振るうわけでも陵辱するわけでもない。ただただ本を読むか愛都を観察するかだけの毎日。全くもって叶江の意図を読むことができなかった。一体何がしたいのか、何を望んでいるのか。ただただ気持ちが悪かった。まるで観賞用の生き物でも育てているかのような...。

 そんな生活が1週間、2週間と続いた頃、愛都の中での焦りも増幅してきた。

 「一体いつまで俺のことを閉じ込めておくつもりだ。お前は何がしたいんだよ」

 「それは愛都次第なんじゃないか」

 「俺次第って...」

 この状況下で復讐も何もあったものではない。徹底した管理が行き届いた生活の中では愛都がどんなに考えようが結局のところ叶江から鎖の鍵を奪わない限り支配下から逃げ出すことはできないのだ。
 そうなると、気にかかるのは宵人のことであった。携帯という連絡手段もないため様子を伺うこともできない。今こうしてる間にも宵人の状態は刻一刻と変わってるかもしれないのだというのに。もしも宵人に何かあれば復讐どころではなくなってしまう。

 「じゃあ、せめて宵人のことを、今の状態を教えてくれないか。宵人のために今も生きてるのに、気が気じゃないんだよ。頭の中、宵人のことでいっぱいで復讐のことなんか考えられなくなる」

 「...愛都は宵人しか視界に入らないもんね。いいよ、そろそろこの生活にも飽きてきた頃だしね、様子を見てきてあげる」

 “この生活にも飽きてきた”この言葉の意図に引っかかりを覚えたがとりあえず、宵人の様子を知る約束を得たため、愛都はホッと胸をなでおろした。

 「様子を教えてあげるのはいいけど、そのあとここを出るのか出ないのかはさっきも言ったけど愛都の行動次第だからね」

 パタン、と叶江は読んでいた本を閉じるとそう言い目を伏せた。




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