▽ 27※叶江side
あれは小学生の頃、幼心に感じていた家庭環境の窮屈さ。温かみのないそれが嫌で叶江はよく近所の公園に一人で向かうことが多かった。
引っ越してきたばかりということもあり友人はおらず、遊び相手もいない。それでもあの家の中にいるよりは何倍も空気が美味しくマシであった。
そんなある日のこと、いつもと同じように公園に来た叶江は見慣れない2つの顔に目がいった。
1人は体格は小柄だがどこにでもいるような容姿の男の子、しかし、一緒にいたもう1人に叶江は引き寄せられるようにして釘付けになった。自分とは違う、淡い栗毛色の髪の毛に白い肌、小作りな顔に溢れそうなほどに大きな瞳。一瞬女の子かと思ってしまうほどに愛らしい容姿に叶江はどきり、とした。
そんな人形のような男の子と話したい、友達になりたいと普段感じない欲求がでてきた叶江は2人の元へと歩み寄っていく。
「...ねぇ、2人で何してるの」
普段自分から同世代に話しかけることがなかった叶江はどぎまぎしながらも勇気を出して話しかけた。しかし、ぎこちない笑顔を浮かべる叶江に対し反応を示してくれたのは人形のような男の子ではなくその隣にいた平凡な男の子の方だった。
「ぼくたち今公園に着いたところでこれから何して遊ぼうか話し合ってたんだ」
「そう、なんだ。ぼくも今来たところで、」
「じゃあ、君も一緒に遊ぼうよ。ぼくは宵人、で、隣にいるのが愛都だよ。ほら、愛都もあいさつして」
「...」
快活な男の子、宵人と叶江が声を掛けてからなにやら不機嫌そうな様子の愛都。宵人に促されるも愛都は叶江のことを一目も見ず、まるでそこに誰もいないかのように扱う。
「ぼくは叶江、よかったら...」
“ともだちになって”そう言おうとした瞬間
「宵人、あっちで2人であそぼう」
「ちょ、ちょっと愛都、急に引っ張らないでよ!...か、叶江くん、ごめんねっ」
愛都は急に宵人の腕を掴むと叶江とは距離を取るようにして公園の奥の方へと歩いて行った。そんな愛都の態度に申し訳なさそうにする宵人。叶江はこの時、初めて拒絶されるということを知った。そして同時にそんな愛都と仲良くしている宵人に嫉妬した。
ーなんだよ、少しくらい反応してくれたっていいんじゃないだろうか。
叶江は歯を噛み締めると早足で2人を追いかけ宵人のもう片方の手を掴むと思い切り引き寄せ離した。反動で宵人と愛都の手は離れ、宵人はそのまま地面に尻餅をついた。
「うぅっ、痛い...」
手も擦りむいたのか痛みに顔を歪める宵人。そんな宵人を目の端に捉えていれば急に叶江は前方から胸倉を掴まれ地面に倒された。
「宵人に何しやがるんだ!」
「...ッ、」
仰向けに倒れた叶江の腹部に乗っかり頬を殴ろうと腕を掲げていたのは先程まで全く叶江のことを見ようともしなかった愛都であった。その瞳は先ほどとは違い叶江だけを捉えている。
ーようやく見てくれた。
その時の叶江は殴られる恐怖感よりも愛都の意識の中に入れたという喜びの方が大きかった。必死に殴ろうとする愛都を止める宵人のことも見ずに自分の方だけを見ている。それが嬉しかった。
「おまえ、何笑ってんだよ」
口角を上げ笑みを浮かべる叶江を見て不気味がる愛都。慌てた様子で立ち上がると今度こそしっかりと宵人の腕を掴みどこかへと走り去っていった。
愛都と宵人がいなくなった後も仰向けになったまま叶江は青空を見つめる。
愛都のこちらを見つめるあの瞳に吸い込まれるかと思った。それが怒りからのものだとしても。もう、あの一瞬の高揚感を忘れることはできない。
ーあのお人形をぼくのものにしよう。ぼくが大きくなったらむかえに行くんだ、絶対に。
その時、幼いながらに叶江の心に歪んだ感情が生まれた。prev|
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