君のため | ナノ
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 「...ここ、は」

 瞼を開ければそこは見知らぬ部屋だった。窓も家具も何もない、あるのは愛都が寝ているベッドのみ。ここはどこだ、今は何時、自分はどうしてここにいるのか。

 目覚めたばかりの頭は働かず、ただ同じことばかりが脳内を巡り回る。

 「う゛ッ...」

 体を起こそうとすれば腹部が痛んだ。そこでようやく愛都は最後の記憶を思い出した。
 血生臭い、地獄絵図。自分は狂った沙原に犯され、最後には包丁で腹部を刺された。尋常じゃない激痛と溢れ出す赤い液体。今でも生々しくそれを覚えている。

 着ていたシャツをめくりあげればちょうど刺された場所にテープが貼られていた。腕を見てみれば点滴でもされていたのか針の跡がいくつかあった。

 一体自分はどれほどの間、意識がなかったのか。動かす度に軋み、痛む関節を考えると数日なんてものではないだろう。
 誰があの惨劇から自分を救ったのだろうか。ここが病院ではないことはあきらかだ。そうなると誰かの別宅か、そんなことができるのは綾西か...それとも、

 「あぁ、ようやく起きたんだ。よかったな、命拾いして」

 「...っ、叶江」

 「まだ復讐は終わってないだろう」

 殺風景な部屋に一つある扉が開き、現れた男、叶江は目覚めた愛都の姿を見て笑みを浮かべた。

 「今回ばかりは流石に俺も焦ったよ。いやはやあの沙原があそこまでお前に心酔していたとはね。モテ過ぎるのも困り者だな」

 ゆっくりと近づいてきた叶江はベッドの端に座り、まるで笑い話をするかのように軽快な会話を続ける。

 「血の海見た時は流石に2人とも死んでしまったと思ったけど、愛都はやっぱり悪運が強いね...沙原は間に合わなかったけど」

 自分に好意を寄せ、裏で暗躍していた憎い存在。なんとも呆気ない死に、愛都はほくそ笑んだ。

 「お前も醜く笑うようになったね」

 生気のない目、口元だけが笑みを浮かべるその表情はおぞましいものだった。だが、叶江はそんな愛都を食い入るように見つめ、頬をそっと撫でた。

 「あとは俺だけだね。さぁ、しっかりと俺のことを見て」

 明るい瞳、軽やかな口調はまるで歌でも口ずさむかのようだ。
 正反対の2人のこの空間はとても異様なものであった。




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