▽ 21
「おかえり、愛都君。こんな時間までどこに行ってたの?」
部屋に戻ればいつものように朗らかな笑みを浮かべる沙原が愛都を出迎えた。
愛都が里乃から衝撃的な真実を知らされているとも知らず、実の弟の存在さえもどうでもいいとばかりに微笑む沙原に吐き気を覚えた。
「あぁ、羽賀里乃君のいた部屋に行ってたんだ」
「羽賀君...みんなその男の子の話してるよね。本当になんて言っていいのか...僕は関わったことがない生徒だったけどやっぱり僕もその子のことを考えるとなんだか落ち込んじゃうな...愛都君は羽賀君と仲が良かったの?」
なんて白々しいやつなのだろうか、と心の中で毒付く。落ち込んだ様子を見せるも目の前の男の関心は愛都と里乃の関係に一点しているのが丸分かりだった。
「そうだね、仲は良かったと思う...とてもね」
「そう...」
敢えて笑みを浮かべながらそう言えば沙原の顔は固まった。一瞬で何かを考えたのであろう、すぐにその表情はいつもの柔らかなものへと変わるが、それは愛都の機嫌を損ねるだけの代物へと変貌してしまっていた。
「沙原君、君はきれいだね」
沙原と向き合い両手で顔を包み込むようにして上を向かせれば、すぐにその頬は赤く色づく。
「自分の手は汚さないで全部他の奴らにすべてのことをやらせたんだ。そりゃ君自身手を下さない分、きれいなはずだ」
「え...まな、と君?」
しかし、笑顔のまま吐かれる愛都の冷たい言葉でその顔色は一瞬にして青くなった。そして焦ったように口元を引きつかせる。
「ちょっと待って、何か...何か勘違いをしているよ、僕が一体何をしたっていうんだ」
「まぁ、やり方はいいと思うよ。周りの人間を使うなんて簡単にできるようなことじゃない。すごいよ、本当に。...ただ、相手が悪かったな」
「ひっ、ぃ゛...痛ッ、」
両手に顔を締め付けるように力を加えればミシミシと骨が軋む。沙原は反射的にそれから逃れようと愛都の手をむしろうとするが、張り付いたようにそれは剥がれなかった。
「さぁ、そろそろ行こうか、約束の時間に遅れてしまう」
「や...ぇ、行くってどこに...こんな時間に、」
「大丈夫だよ、たくさん殴ってくれて、犯してもくれる優しい学生さんのお部屋にお邪魔するだけさ。そのきれいな顔も体も汚してもらいなよ」
「え?え、あ、何言ってるの?急に、怖いよ愛都君、あ、あははははっ、嘘だよね、嘘、だよね。だって僕と愛都君は愛し合ってるんだよ?それなのに、」
「あぁ、残念だ、君は俺の気持ちがわからないんだな。俺はもう君には一度たりとも触れたくないし話したくもないんだけどね」
そしてそういい終わると同時に、コンコンと扉がノックされる音がした。
「さぁ、お迎えだよ」
最後の挨拶とばかりにそう言えば沙原の顔は色を失い一筋の涙がながれた。しかしそれは愛都の目にはピエロの仮面についた涙のマークのように見えた。
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