最後に笑うのは | ナノ
 3



 駅内で日向と二葉が歩いているのを見かけてから数日が経った。
 その数日間も日向と二葉の2人は何事もなかったかのように、毎日俺の家に来ていた。

 しかし俺はあの日のことを聞くことはできず、苦虫を噛む思いに駆られる日々を過ごす。

 「先輩、本当に大丈夫っすか?なんか日増しに元気がなくなってきてる気がするんすけど...」

 「おーおー、ありがとよ。大丈夫だ。俺はお前と話してるだけでなんか癒されるから」

 「えっ、あ...そうっすか?もしそれが本当なら、すごく嬉しいっす。」

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに下を向く松高。
 そういう顔が可愛いんだよな、と俺は心の中で呟く。

 全ての講義が終わり、借りていた本を返そうと図書室に寄ってみれば偶然松高と居合わせた。
 俺は喜々として同じく本を返しに来ていた松高を捉まえ、そして今に至る。

 最近はサークルの方にもあまり顔を出すことができず、松高による癒しも補給することができないでいた。
 だから今のうちにたんと補給しよう。...そう思っていたのだが、

 「おっ!穂波、ここにいたのか。探したぞー、」

 「...日向、」

 松高と会って数分もしないうちに日向が目の前に現れた。
 ニコニコとした笑顔を向けられて嬉しいと思う反面、二葉とのことを考えれば複雑な思いにも駆られた。

 「話があるんだ。ちょっとここでは言えないことなんだけどさ、」

 「話...?」

 何故だか嫌な予感で胸がざわつく。日向について行きたくない、そう思ってしまった。
 だからか無意識に体は隣にいる松高の方へと寄り添うようにして近づく。

 「...先輩、どうし―――」

 「あーっ!松高いた!本返してたの?」

 松高の声を遮るのは高い、可愛らしい声。図書室の入り口にはこちらに手を振る松高の彼女の姿があった。

 「声デカイし!ここは図書室だから静かに...」

 「はいはーい。...あっ、すいません。話の途中でしたか?」

 駆け寄ってきた彼女は俺と日向の存在に気がつき、急に大人しくなった。
 先程の元気さを抑え、他人行儀に...丁寧にそう問いかけてくる。

 「...いや、大丈夫だよ。それじゃあな、松高」

 「あ...っ、先輩」

 彼女のその姿を見てさすがに俺は気を使い、重たい足を持ち上げ歩み出す。

 そんな俺の隣をついて歩くようにして日向も歩く。

 「いつ見てもラブラブだな。2人とも気をつけて帰れよ」

 日向の明るい口調。「...はい」と、小さく呟く松高。
 背中に視線を向けられているようなむず痒い感覚が走ったが、俺はそのまま日向とともに図書室を後にした。




 大学を下った先にある、バス停前。バスの行き先が違うためそこまでが俺たちの同じ帰り道。

 時間を確認すれば、数分後に日向が乗るバスが来る。その少し後に俺の乗るバスが来ることになっていた。
 今日は日向は用事があるらしく、俺の家には来ないでまっすぐ帰る。

 「言おうと思ってた話しなんだけどさ、」

 黙っていた日向はふと、俺の顔を見、口を開ける。
 身構える体。嫌な考えを押しこめ俺は笑顔で相槌を打つ。

 「夏休みの間、二葉を俺ん家に住ませることにしたんだ」

 「...は?住ま、せるって...」

 息が詰まった。笑顔のまま固まる表情。
 理解できなかった。...いや、したく...なかった。

 「ほら、俺1人暮らしじゃん。部屋も1つあまってたし、」

 「ちょ、ちょっと待て。なんで急にそんなことになってんだよ」

 「別に急なことでもないぜ?二葉とは結構前からこのこと話してたから」

 「でも、お前ルームシェアとか嫌がってたじゃねぇか。それなのに、―――」

 「あ゛ー、穂波うるさい。いいじゃん、俺らで決めたことなんだから、文句言うなよ」

 「...っ、」

 強い口調。苛立った日向の様子に、俺は慌てて口を閉ざす。
 今聞かされた事実に対して言い知れぬ苛立ちを感じているのは俺の方なのに、
これ以上、日向に冷たい視線を向けられるのが怖くて俺は何も言えないまま、拳を握る。

 「...別に、俺は反対してるわけじゃない。」

 思っていない言葉を口にする。だが、そう言わなければ日向は機嫌を直してくれない。
 案の定、俺のその言葉に日向は笑みをつくった。

 「だよな。あっ!でさ、1つ頼みがあるんだけど、」

 「頼み、?」

 「あぁ。夏休みの間、毎日俺の家に来てくれないか?二葉がさ、言ってたんだよ。
勉強はやっぱり約束もあるし、できるだけで良いから穂波に見てもらいたいって。あとほら、俺も夏休みはバイトで日中家にいないことがあるからさ、」

 「な、いいだろ?」明るいその声に有無を言わせぬ威圧感を感じ、俺は日向の顔を見ないまま、こくりと頷いた。

 だが、心の中は二葉に対する嫉妬で溢れかえっていた。
 二葉に近づく日向。二葉のために動く日向。俺の意見よりも二葉のことを大切にする、日向。

 俺の方が日向と長く一緒にいたのに。俺よりも二葉との距離の方が近いのだ、ということが手に取るようにわかった。

 「言いたかったのは、それだけ。それじゃあな、」

 タイミングよく来たバス。言うことだけ言ってスッキリした様子の日向は俺の歪んだ思いに気がつくこともなく、
足早にバスの中へと乗り込んだ。

 日向は俺のものなのに...。二葉は男だ。女じゃない。それなのに俺よりも優先されるなんて...

 ― そんなの認めない。ありえない。絶対に信じない。

 去っていくバス。俺は開いた瞳孔を閉じることなく、その姿が見えなくなるまで見続けた。
 



 「日向の家に住むって、どういうことだよ!!」

 「んー、穂波声でかいよ。耳がキンキンする。」

 人の部屋に入るなりベッドの上に横になる二葉を鋭い眼差しで見下ろす。
 今日、日向が来ないとわかるやいなや二葉は勉強そっちのけで枕に顔を押し付けては匂いを嗅ぎ、満足そうに鼻歌なんかを歌っていた。

 こっちが怒りを向けても、当の本人は振り向こうともせずにその行為を続ける。そんな二葉に俺は嫌悪と侮蔑の視線をぶつけ、顔を歪める。

 「あーっ!いやいやいや!!返してーっ、」

 「俺の質問に答えろ」

 乱暴に枕を奪えば、二葉は細い腕を必死に伸ばして俺からそれをとろうとする。
 しかし、身長差から無理だと諦めたのか拗ねた様子で俺のことを見てきた。

 「なんで日向の家に住むことになったんだ。わざわざそんなことしなくても、今まで通り家から俺のところに来ればいいだろ」

 「だって、日向さんが誘ってくれたんだもん。夏休みの間、一緒に住まない?って。必要なものは全部用意する。二葉はただ家にいて自由にしていればいいってさ。僕は遠慮したんだよ?でも日向さんが毎日のように誘ってくれるから...」

 「...っ、」

 ギリリと歯を噛みしめる。苛立ちのまま拳を握れば手の平に深く爪が食い込んだ。

 「嘘、つくな...っ!お前が、日向に無理を言ったんだろ。今からでも遅くない...断れ。日向に迷惑をかけるな」

 「嫌だよ。僕は行く」

 「二葉!!」

 持っていた枕を放り投げ、二葉の胸倉を掴む。それによって起き上がることを強制される華奢な体。
 俺の体は怒りで微かに震え、心臓はバクバクとうるさく脈打つ。
それなのに二葉は怖がる素振り一つせず...まばたきもすることなく近距離で俺の顔を見つめてきた。

 「ねぇ、穂波は日向さんのこととなるとすごく必死になるよね」

 「...っ、日向は俺の親友、だから...」

 「本当に、それだけの理由?」

 肌も白く人形のようにきれいに整い、口元以外動かないそれは人間味が感じられない不気味さを醸し出していた。

 「まぁ、でもその分穂波は僕を見てくれるようになった」

 クスリと笑う顔。その表情がどこか異様に感じた。そして同時に恐怖が生まれる。

 「わっ。あ、穂波どこにいくの?」

 すぐさま俺は二葉から手を離し、部屋を出て玄関に向かって駆けだす。

 思い出されるのは過去のこと。あの微笑みが怖い。怖かった。

 なぜなら昔からあいつに恐怖を与えられるさい、いつも向けられたのはあの微笑みだったから。

 だから、情けないとわかっていても、それでも俺は本能的に逃げ出しだ。
 
 長いまつげに囲まれた大きな瞳は細まり、ほんのりと赤い唇は弧をえがく。

 「...クソっ!!」

 震える体。しかしそれは先程までの怒りからくるものではなく....―――恐怖からくるものだった。





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