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だけどそんな日常もあいつが現れたことによってすべて壊された。
「穂波!これからよろしくね、」
目の前に立つのは、親族からも可愛い可愛いともてはやされる、俺のいとこの二葉(フタバ)。
サラサラの髪にアーモンド形の大きな瞳。その縁を囲うのは長いまつげ。
小さく整った鼻と口は、一層この人間の愛らしさを増幅させていた。
髪の毛が長ければ、女と見間違えてしまいそうなその姿に男らしさ、男臭さなどは欠片もなかった。
「あぁ、ちょうどよかったわ。穂波、これからほぼ毎日二葉があんたに勉強教えてもらいに来るから、面倒見てやんなさいね。
ほら、二葉もあんたと同じ大学に行きたいらしくてね、昨日姉さんと話し合ってこうすることにしたのよ」
二葉の隣に立つ母さんはお気楽に笑いながらそんなことを抜かし、優しく二葉の頭を撫でる。
「それにしても二葉はいつまでたっても可愛いわ。あんた、本当に高3なの?
あの男勝りな姉さんからこんなに男臭さがない男の子が生まれるなんて、世の中何が起こるかわからないわね、」
「あははっ、でも僕は穂波みたいにかっこよくなりたかったなぁ、」
「...っ!」
唐突に掴まれる腕。俺は反射的に振り払いそうになったが、母さんがいる手前、なんとか力を抑え込んだ。
しかし、腕から伝わる二葉の体温が気持ち悪くて俺の眉間には皺が入る。
「ちょっと待てよ。俺は二葉に勉強教えるなんて無理だ。そんなに俺のいる大学に行きたいなら塾に通えば...」
「我が儘言わないでちょうだい。穂波、母さんの言うことが聞けないの?」
途端、真顔になる母親に俺は反論することができなくなり、俯く。
「...わかった」そしてそう一言呟けば、頑張ってね。と肩を叩かれる。
10年前に父さんが病死し、女手一つで俺をここまで育てた母さんの言葉に俺は弱かった。とてもじゃないがこれ以上反抗することなどできない。
それじゃあ、任せたわよ。そう言って母さんは俺と二葉を廊下に残し、買い物に出掛けて行った。
「穂波...穂波、」
「っ、離せ!...くそっ、なんで俺がお前の勉強なんか見なきゃ...って、おいっやめろ!」
「いーや!離さないもん。久しぶりの穂波の体温...気持ちいい。それにやっぱり穂波の匂いも大好き。」
一度振り払うその手は再び伸び、思い切り抱きつかれる。
俺の胸元に顔を擦り付け、匂いを嗅ぐ二葉に俺は顔を青くさせた。
「...ほな、み?」
「っ!あ...ひ、日向っ、」
その時、階段の上からこちらを見下ろす日向と目があった。
昼から家に遊びに来ていた日向。そもそも喉が渇いたという日向のために、飲み物を取りに来て母親に捕まったのだ。
それなのに、中々戻らない俺にきっと日向は痺れを切らして部屋を出たのだろう。
― タイミング悪すぎだろ
「悪い、日向。すぐに行くから部屋に...」
「えーっ、誰なんだその女の子!すげー可愛い」
すると日向は俺の言葉を遮ってドタドタと階段を駆け下りてきた。
「いや、違うんだ日向。こいつは...」
「あははっ、近くで見るともっと美人さん。てか、背高いね!あっ、もしかしてこいつの元モデル仲間?」
「だから日向、」
「もう、分かってるだろうけど俺、日向っていうんだ。よろしく!なぁ、穂波に抱きついてないで君も一緒に遊ぼうよ」
全く俺の話を聞こうとしない日向は、俺に抱きつく二葉の肩を掴もうと手を伸ばす。
「話を聞け、日向!!」
「え...っ」
その瞬間、二葉の目が細まるのを目の端にとらえた俺は、慌てて日向の伸ばされた手を掴む。
まさか止められるとは思わなかったのだろう。驚いた顔の日向。
しかし次に行った俺の言葉でさらに驚いた表情を見せた。
「こいつは男だ。元モデル仲間でもない、ただの俺のいとこだ。よく見ろよ、女にしては細身だっていっても体格がいい。背だって女にしては少し高すぎる。男の平均身長はあるんだ」
そう吐き捨てれば、抱きついていた二葉は俺から離れ日向の正面に立つ。
そして驚いて何もものを言えない、日向の手を取り両手でギュッと握った。
「ビックリした?でもよく間違えられるし、日向さんは気にしないでね」
ニコリ、と微笑む二葉。
― やめろ、日向に...日向に触るな...っ、
先程の日向同様、二葉の肩を掴もうと伸ばされる俺の手。
「僕は二葉。改めてよろしくね」
評判高い笑顔。完璧な仮面。
― やめ、ろ...
だけど、それ以上俺は手を伸ばすことはできなかった。
なぜなら...
「あ...あぁ、よろしく...」
視線の先には、頬を赤く染めて立ち尽くす日向の姿があったから。
それは男を女と間違えた恥ずかしさからきたものなのか...
それとも...。
俺は強く...強く歯を食いしばった。
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