▽ 1
「んー...ちゃんと乾くかなぁ、」
家に着いてすぐ、部屋に直行した松高は濡れた参考書などを1枚1枚丁寧に乾かしていた。
そうしてしばらく。最後に松高は一冊のノートを手に取った。
わずかだが、数ページ濡れてしまっていたそれを乾かすために、ゆっくりと中を開く。
「...わっ、やば。これ...日記?」
何気無く視界に入ったのはほぼ毎日付けで書かれていた、その日の出来事の数々。慌てて松高は目を逸らすが、何かが引っかかり悪いとは思いながらももう一度ノートの中へと目を向けた。
― やっぱり...。これ、穂波先輩のじゃない。
今まで穂波と過ごしてきた松高はしばしば勉強をみてもらったこともあり、穂波のクセのある字体などもよく覚えていた。しかしこの日記で使われている字体は全て、書きなぐったような字ばかりで全く別人のものだ、ということは目に見えていた。
そして、この日記が穂波のものではない、とわかった時から松高の焦りは消えた。なぜ穂波が他人の日記を持っているのだろうか、と思いながらも、何気無くパラパラと開いて見ていた松高だがすぐにその手は止まってしまった。
「...これって、」
目は見開き、中に書かれている内容に意識を持っていかれる。それほど、その内容は衝撃的なものだった。
――
―――――
―――――――
...月...日
今日は穂波と一緒にオナって扱きあった。久し振りにやったからか、穂波は後半ずっと小さく喘いでいた。その声が気に入ったから隠しカメラに残っていた映像の音声だけをひろって携帯に移行。今日も寝る前にもう一度聴いてから寝ることにした。
...月...日
今日は穂波の従兄弟と初めて会った。二葉という男だったが、見た目は女。顔は一番好きな女優にソックリでびっくりした。性格は良さそうだが、穂波に終始ベッタリだったのが気になった。
男同士だし、付き合ってるなんてことはないと思うが...
...月...日
これからは毎日、二葉が穂波の家に行くというので俺も毎日同行した。二葉と話していれば穂波は二葉を何度もきつく怒っていた。そんなに俺と話していることが不満なのか。穂波はいつもじっとした目で俺を見て、二葉を睨む。穂波は普段怒ったりなんかしないのに。やっぱり二葉の時は違う。
...月...日
穂波が二葉ばかりを見ているようになった。しかも学校では避けられてる。今日だって俺から逃げるようにして松高の家に行きやがった。むしゃくしゃしたから何となしに二葉を遊びに誘った。本当、あいつは穂波と違って素直で可愛い。その帰り道、穂波が駅にいるのを見つけて、わざと仲を見せつけるようにして帰った。
...月...日
二葉と一緒にいる所を見せつけてから数日。二葉を夏休みの間、家に住ませると穂波に言った。あの時の俺を見る穂波の目が忘れられない。必死に止めたがる様子と、縋るような目つき。二葉のことを話に出せば、すぐに穂波の意識は全て俺に向けられていた。たまらなくゾクゾクとして、それを思い出すだけで興奮した。
...月...日
夏休みに入って毎日来てた穂波が連絡も繋がらないまま、時間になっても来なかった。二葉がいるのに俺の元に来てくれない。漸く連絡が繋がったかと思っても指定した時間にも来ない。終いには嘘までつかれた。俺の言うことを優先しない穂波のことがムカついたから殴って外に放り出した。
...月...日
穂波がベランダで熱を出して倒れてた。ベッドに寝させてるけど全然起きる気配がない。どうしようどうしようどうしようどうしよう。
...月...日
もう穂波のことがよくわからない。でも二葉と話す穂波を見てると怒りが沸き立つ。
穂波をどうしたいのかわからない。どんな態度をとればいいのかわからない。ただ、二葉を優先すれば、穂波はまたあの目で俺のことを見てくれるから、その行為だけは止められない。
...月...日
お盆で二葉が帰ったから、溜まっていた隠しカメラの中をチェックした。
ビデオの中で穂波は俺の部屋で二葉とヤってた。
何も考えられなかった。受け入れたくなかった。ひどく、嫉妬した。だから穂波が気を失ってもなお、犯し続けてやった。
でもこれでわかった。二葉なんてえさはもういらない。穂波は俺のものなんだ。俺だけのものなんだ。でも俺は男同士で付き合うなんていうスキモノじゃないし、気狂いでもない。穂波と俺はそんな気狂いのするような仲じゃない。ただ俺は忠実に俺の言うことを聞いて、俺にしかなつかないモノが欲しいんだ。
穂波だけがいてくれればいい。俺の独占欲を全部注ぎ込んでやる。
抵抗したら足の腱を切る。
逃がしてなんかやらない。
――
――――
――――――
「穂波...先輩っ、」
思わず松高は背筋をゾッとさせた。そして息つく間もなく、ノートを置いてある場所へと向かって走り出した。
日記の持ち主は誰なのか、読んでいて手に取るようにわかった。
ーまさか、日向先輩がこんな...
うるさく脈打つ心臓。穂波と別れてすでに数時間経っていた。
焦りばかりが生まれる。
携帯の電話にかけるが、繋がらない。メールも一応送ったが、多分返信が来ないであろうということは予想できた。
ー早くしなきゃ、穂波先輩が...
少しでも早くつかなければ、とバスには乗らず道の途中でタクシーをひろい、足早に中へ乗り込んだ。
prev|
next