最後に笑うのは | ナノ
 6



マンションの部屋に着いてすぐ。穂波を出迎えた二葉はずぶ濡れのその姿を見て驚き、慌てた様子で浴室に連れて行った。
そしてシャワーを浴び終え、脱衣所に出ればサイズがピッタリと合った新品の服と下着が置いてあり、穂波が身につけていた服などは洗濯をされたのか、干されていた。

 「こんな時のために前から服を用意してたんだ。全部、僕が選んだんだよ」

  ガチャリ、と音を立てて開いた扉の隙間から二葉の声がする。すぐに穂波は焦りながらも扉の取っ手に手をかけ、無理に押して閉めた。

「今まだ着替えてないから開けるな、」

「そんなぁ、今更じゃん。僕たちの仲だったら」

「...いいからっ、」

 そうすれば、「まぁ、いいけどさ」と、諦めたのか二葉は何処かへと歩いて行った。
 頭の中を占めるのは日向につけられた情事の痕。こんな明るい場所だと、それら全てを二葉に見られてしまう。...どうにかそれだけは避けたかった。

 二葉が選んだこれらの服などを身につけるのは正直嫌だったが、裸で出るわけにもいかず結局大人しく着替えることにした。

 ― それにしても、本当に気持ち悪い。

 服自体は穂波が好む系統で良かったのだが、いかんせんそれは二葉が選んだ服ということが生理的な嫌悪を心に生まれさせた。前々から用意していた、というのもどこか気味の悪さを増長させていた。

 ― 思えば、あいつは小さい時から人形遊びが好きだったな...

 自分の思い通りの服を着せ、思い通りの言葉を話し、思い通りの行動を為す人形を愛しがっていた...―――“ホナミ”と、そう人形のことを呼んでは、

 「...ッ、」

 そのことを思い出し、背筋をゾッとさせた。だが、今日で話をつけるんだ。自分のことはもう、半分諦めが入っている。
 どうにかして、日向だけでもあいつから救い出さなければ...

 ―


 ――


 ――――

 
 「それにしても今日は本当雨がすごいよね。穂波、ちゃんと体温まった?僕、ずぶ濡れの穂波を見てすっごく驚いたよぉ、」

 「傘を持ってきてなかったんだ」

 「そっかぁ。さっきまでは晴れてて雨降り要素は全くなかったもんね」

 「あぁ、それより...もう自分でやるからいい、」

 着替えて居間に行ってすぐ。二葉は穂波を床に座らせ、自分はソファに座るとその段差を利用して穂波の濡れている髪の毛をタオルで拭き始めた。

 それを嫌がる穂波だが、二葉は一向にやめようとはせず「いいから、お世話させてよ」と嬉しそうに笑いながらその行為を続けた。

 そうなってしまえば、今までの経験上、二葉の気が済むまで行為は終わらないと、諦めた穂波はソファに背を預けて目を瞑った。

 『俺、穂波先輩のことがきっと...―――好きなんだ。』

 「...っ、」

 思い出させられるのは、松高のこと。心臓は早く脈打ち、触られていた唇は熱く感じた。

 その間もなにやら二葉は話しかけてきていたが、穂波の意識はそちらには向かず、てきとうな相打ちばかり。
 意識の中心は松高に向けられていた。

 「う゛っ、ぁ...何して、」

 そんな時だった。不意を突かれてひも状の何かで腕をまとめて締めあげられたのは。
 後ろから押されて倒れる体。そしてすぐに仰向けにされると、腰のあたりに跨られ体重をかけられる。

 「...ッ、」

 恐る恐るあげた視界に映るのは、微笑む二葉の顔。
 昔から異常な行動をするときに見せる、その微笑みに穂波は心のそこから恐怖した。

 硬直する体。わななく唇。いつもなら抵抗して被害が大きくなるのを避けるために、穂波は大人しく二葉のやることに従っていた。否、従わざるおえなかった。

 ― でも、今回は違う。いつものように流されるつもりはない。

 「...っ、やめろ二葉!俺は今日こんなことをするつもりで来たんじゃないし、勉強をしに来たわけでもない。...話をするために来たんだ、」

 口を開くたびに声が震えそうになった。今まで培ってきた恐怖が湧きあがり、何度も二葉に反抗するという行為を止めさせようとしてくる。

 「お前は異常だ。異常なんだ。今のままじゃ誰も幸せになれない。俺に依存なんかしないで、もっと普通の生活を...―――ッ、」

 だが、次の瞬間には右手で塞がられる唇。シン、と静まる室内。そんな中、アハハッ、と高笑いする二葉の声がやけに大きく聞こえた。

 「今更何を言ってるの...僕をこんなんにしたのも、全部全部穂波のせい。それに僕たちは愛し合ってたでしょ?ずっと...ずーっと前から。...それなのに、穂波は僕を裏切った。」

 「ぁがっ...ッ!!う゛く...ッ、」

 きつく締められる首元。肉に爪がめり込み、ひどく痛む。気道はしめられ、生理的な涙がこぼれ出た。

 ― 意味が、分からない。またこいつは自分の妄想をごちゃごちゃと...―――

 二葉の妄想癖は今日に始まったことではない。今まで何度も...そう、何度も何度も何度も何度も...―――

 「僕は、異常なんかじゃ...ない、」

 「くっ、ぅ...ぁッ、げほッ、けほけほっ...はっ、ぁ、はっ...」

 漸く首を絞めるその手が外され、穂波は大きくむせかえる。一気に空気が気道を通って肺に入ってくるという流れが、苦痛に感じた。

 「僕は穂波を愛してるんだ...ねぇ、日向さんのことは見逃してあげた。...あの人も馬鹿な人だったからね。でも...――― 」

 「やめ...ッ!!」

 服を捲られ露わになる胸元。穂波の顔は赤くなるどころが、蒼白としていった。

 「これは、門の前にいた人につけられたの?」

 いつになく低い声。

 口元は微笑んでいても目は笑っていなかった。





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