最後に笑うのは | ナノ
 1※



 「久し振りに2人きりだねー!」

 今日もいつも通りの時間に日向のマンションにやって来た穂波を迎えたのは、にこやかに笑う、二葉ただ1人だった。
 日向は昼間から夕方までバイトらしく、部屋には穂波と二葉の2人きり。

 「穂波、穂波ーっ、」

 「...っ、触るな。さっさと問題集を出せ」

 ローテーブルの前に座る穂波に二葉は思い切り抱きつき、首元の匂いを嗅ぐ。
 しかしすぐに穂波によって強制的に離され、遠慮のない嫌悪を向けられる。それでも二葉は気にする様子もなく、再び穂波に抱きついた。

 「いい加減にしろ!早く準備を...」

 「 もう終わったよ 」

 「...は?」

 「だーかーらー、もう終わったの!今日勉強する分!」

 「...そ、それなら俺は帰る。」

 背筋がゾクリとし、穂波は慌てて立ち上がる。
 鞄を持ち、一歩前へ踏み出す足。...だが、次の一歩は二葉に掴まれたせいで踏み出すことができなかった。

 「何で帰るの?」

 「どうして僕と一緒にいてくれないの?」

 「今来たばかりでしょ?」

 「まだ帰る時間じゃない。それなのに、どうして?」

 「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、」

 「 日向さんがいないから? 」

 連続的に紡がれる言葉。そして最後の問いに穂波はハッとし、息をのむ。

 「違う...別に日向は関係、――――」

 「嘘つかないで。僕知ってるよ。穂波が日向さんのこと、特別な目で見てるんだって」

 「...っ、」

 それ以上、穂波は抗うことができなくなってしまった。
 穂波自身、分かっていたからだ。二葉が異様に日向に懐くのは穂波の気持ちに気がついているからだと。

 「ねぇ、穂波気がついてる?僕が日向さんと仲良くしてる時...穂波はずーっと、僕のことを見つめてるんだよ。すごく、熱い目でね...。だから、穂波に特別に想われてる日向さんには何もしなかったけど...」

 「二葉...」

 「あんまり僕に冷たくするなら...日向さんも、“前”と同じ目に合わせるよ」

 ニタリ、と不気味にほほ笑む二葉。

 “前”という言葉とその微笑みが頭の中で合わさり、穂波は倒れ込むようにしゃがみ込んで二葉の肩にしがみつく。

 思い出されるのは、高校の頃。俺に告白をしてきた女子生徒のこと。二葉に隠して女子生徒と付き合った期間は1週間。
 その1週間でなぜかそのことが二葉にバレてしまい...翌日の夜、顔を腫らし髪の毛も乱雑に切られ、ボロボロになった彼女がやってきた。
 そして彼女は“別れて下さい”と死人のような顔をしてそう、穂波に言ってきた。
 “何があったんだ” “誰にやられた” 何度もそう聞いても彼女は焦点の合わない瞳を宙に向けるばかりで何も反応しなかった。しかし、

 “二葉にやられたのか” そう訊いた時、

 彼女は顔を青白くし、震えながら穂波に一言呟いてきた。

 “お願いだから私のことでその人を責めないで。じゃないと...じゃないと次は...――――

 ――― 殺される”

 その時、穂波の脳裏を横切ったのは二葉のあの、微笑みだった。
 だからそれから二葉と会っても穂波はそのことについて二葉を責めることができなかった。

 “殺される” そう言った彼女の言葉が嘘ではないということは自分自身、これまでの体験で理解していた。
 そしてただ彼女と別れた、ということだけ話せば...――― やはり、二葉は不気味に微笑んだ。

 「ふふっ、大丈夫だよ穂波。まだ日向さんには何もしないつもりだから。...っていっても、それは穂波の行動次第だけど、」

 「俺の...行動次第、」

 近づく二葉の人形のような顔。そして重なる唇。

 「この続き...穂波は何をすればいいか、わかるよね」

 「...ッ、また...またしなきゃダメなのか、」

 「別に僕は無理強いはしないよ?」

 微笑む二葉。そんな二葉を...――――

 ――― ドサリ、と穂波は床に押し倒した。

 「ふっ...ぅ、あっ...んんっ、」

 二葉の服を脱がせながら唇を重ね、口腔を舌で犯せば二葉の口からはくぐもった、甘い声が零れる。

 ミンミンと鳴く蝉の声。暑さで肌に浮いた汗が一粒、頬を伝った。



 「クソ...ッ、」

 頭からシャワーの水を浴びながら、穂波は先程まで行われていた情事を思い出し、苦悶の表情を顔に浮かべる。

 無理に自身を勃たせられ、それは蠢ききつく締められる二葉の尻の穴へと埋まっていく。
 俺の上に跨っている二葉が腰を下ろしきり、気持ちよさそうに喘ぐ。
ぎゅっ、ぎゅ、とわざと俺のものを強弱をつけて締めつけながら二葉は上下に腰を動かし続けた。

 強制的に与えられる快感。だけど根元をきつく紐で縛られていせいでイキたくてもイけない状態。
 そんな状態が続き、理性が無くなった頃を狙って二葉は俺の性器から紐を外した。
 漸くイける。そう思ったのもつかの間、二葉は笑みを浮かべて動きを止めた。

 “イキたいなら、自分で好きなように動いてよ”

 そんな言葉など、理性が残っていれば一蹴していた。だが、今の状態ではそうはいかなかった。
 俺は上に跨っている二葉を床に押し倒した。そして膝裏を掴みあげ胸に足がつくほど曲げさせると本能のままに激しく二葉の中を掻きまわした。

 裏筋が中の襞に擦れ、パンパンッと肉を打つ音がするほど抉るように中を突き挿れれば先端が奥にある襞の壁にあたり、蕩けるような快感が体中を走った。

 うるさいくらいに喘ぐ二葉は、触ってもいない性器から精子を飛び散らせ、中をひどく締めつけてくる。
 陰嚢が大きく脹れあがり、二葉の尻にあたるたびに音を立て中にある精子を刺激した。
 そうしてイく瞬間、中から性器を出そうとした俺の腰に二葉は足を絡め、グッと腰を押し付けてきた。
 
 一気に根元まで中に突き挿れられ、その刺激に堪えられるはずもなく、俺は小さく喘ぎながら二葉の中に吐精した。

 「これじゃあ...あの時と一緒だ。昔のことの繰り返し...」

 高校の頃、強制的に行わされていた“遊び”。穂波の気持も何も考えず、二葉は飽きることなくこの情事を強請り、強行してきた。

 ― だが、今拒否してしまえば...日向が危ない目にあってしまう。日向がいなくなってしまったら、前までの日常に戻るという望みは夢となって消えてしまう。

 「邪魔だ...あいつが。あいつさえいなければ...っ、」

 ― でもどうやって二葉を俺と日向の前から追い出せば...。日向を説得する?...嫌、無理だ。今の日向は正常な判断ができない。俺が何を言っても日向は...

 一体どうすれば...。シャワーの水を止め、ふと穂波は目の前の鏡をぼんやりと見つめた。

 『それなら簡単だ。殺せばいいじゃないか』

 「...ッ!?」

 その瞬間、鏡にうつる自身はそう話し目を細めると首の前で右手を横に振り、『殺してしまえ』と念を押すように言ってきた。

 その言葉にゾッとし、穂波は思わず後ずさって壁に手をつける。

 「穂波、どうかしたの?大丈夫?」

 「...ッ。何でも、ない」

 その時、派手な音を立ててしまったせいでその音を聞いたのか脱衣所に走ってきた二葉が壁越しに声をかけてきた。

 「でも...」

 「いいからッ!...大丈夫だって、」

 「...わかったよ、」

 二葉のふてくされた様な声と、遠くなっていく足音。

 「...さっきのは一体、」

 そして再び鏡を見た時、そこには先程うつっていた、勝手に動き言葉を紡ぎ出す自身はおらず、上下左右当たり前だが自分に合わせて動く自分の姿がうつっていた。

 「...日向はいつ帰ってくるんだ。もう6時を過ぎる。夕方には帰ってくるんじゃなかったのか、」

 「んー。多分、もうすぐ帰ってくるけど...穂波、そんなにすぐここから出ていきたいの?僕と一緒にいたくないの?」

 ソファに座る穂波の横にいる二葉は、突然無表情になり、こちらを見つめてくる。

 「...っ、別に、そういうわけじゃ...」たまらず、そう言えば二葉は嬉しそうに笑った。

 「そうだよね!...ふふっ、でもついにここでも愛し合っちゃったね、」

 「ッ、やめろ」

 穂波の腕に手を絡ませ、肩に顔をのせてくる二葉の行動、そして今の発言に対して穂波は反射的に立ち上がった。
 好きな人間の家で嫌いな人間を抱いて、汚した。そのことに対しての罪悪感が穂波に重く圧し掛かっていた。

 「穂波、そんな顔しない――――」

 「だたいまー、」

 その時、二葉の言葉を遮るかのようにして玄関のドアが開く音がし、日向の声が部屋に届いてきた。

 「じゃあ、俺は帰る。お前が1人でいるのが嫌だといったから、俺はここにいたんだ。日向も帰って来たし、もういいだろ、」

 「...なんか言い方冷たーい」

 「元々俺はそんな甘いことを言うような性質じゃない。お前ならわかるだろ」

 そして嫌悪を覚えるほど嫌だったが、何とかその場を繕うために軽く二葉の頭を撫で、扉に向かって歩き始める。
 そうすれば「また明日ね、穂波!」と明るい声が背中にぶつけられ、俺は安堵の息を吐き出すと居間の扉を開けて玄関へと向かった。

 「...おかえり日向。今日は帰ってくんの遅かったんだな」

 「あぁ、まぁね」

 居間を出て短い廊下に出れば、バチリと日向と目が合う。
 少しでも会話ができたら...そう思ったのだが、そんな願いも空しく日向は無情にも穂波の横を通って居間の方へと向かった。

 ― 本当に、変わっちまったな...

 のろのろと靴を吐きながら今の状況を考え物悲しくなった。

 早くどうにかしなければ...

 悩みを感じればすぐに出てしまうため息。それを抑えこみ、玄関の扉を開けようと手を添えた。

 ― バンッ、!!

 「...ッ!」

 突然、後ろから手が伸びてきて頬をかすった。そして穂波を囲むようにしてその手は扉についた。

 「お前から俺んとこのシャンプーの匂いがする」

 「ひな、た...」

 耳元で囁かれる声。首にあたる、柔らかい髪の毛。

 「シャワー、使ったの?」

 スン、と首元の匂いを嗅がれて一気に顔が熱くなった。

 「...ここに来るまでに、熱かったから汗を掻いて...ごめん、勝手に借りた。」

 「別に使ったことなんてどうでもいい。...それより、本当にそれが理由なわけ?」

 「...っ、」

 いつになく勘が鋭い日向の発言に言葉を飲み込んでしまう。

 「他に理由なんてないだろ、」

 「...あるだろ?もう1つ、汗を流す理由。」

 「ぅあっ、」

 きゅ、とジーンズ越しに性器を握られ声が震えた。
その行為のせいで快感と先程に対しての罪悪感が心の中をせめぎ合う。

 「日向さーん、お腹が空いたよー。何してるの?」

 その瞬間、居間から二葉の声が響いてきた。
それと同時に穂波の意識も現実に戻る。
 そして悲しくも必然的にその声に気をとられる日向...

 「それじゃあ、」

 その隙をついて穂波は急いで扉を開け、外へと飛び出していった。





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