最後に笑うのは | ナノ
 1



 高校3年にもなり、受験勉強に追われ始める日々。俺を追って今年同じ高校に入ってきたのは、親戚内や町内でも可愛いと評判のいとこ、二葉だった。

 「穂波、穂波ーっ。僕にかまって!せっかく2人きりなんだし、騒いでも怒られないよ?」

 ガチャリ、と扉を開け部屋の中に入ってくるのは愛らしい笑顔を浮かべた二葉。
 小さい頃から俺の後を追い、べたべたとくっついては甘えてくる愛らしい存在に俺の顔からは笑みがこぼれる。

 今日から俺と二葉の母親同士...姉妹で3泊4日の旅行に行ったため、二葉が家に転がり込んできていた。
 夏休みにも入り、学校に行く必要もないため24時間ずっと二葉といることになるが、俺は別段それが嫌ではなかった。
寧ろ、嬉しそうな顔をする二葉の顔を見れば何だか俺も嬉しくなった。

 俺は二葉を弟のように可愛がり、甘やかす。それは本当の兄弟であればきっと俺は重度のシスコンと呼ばれているであろうほどに。

 「すごい雨だな...」

 夜遅く。勉強を終えた俺は先程から聞こえる雨音に耳を傾ける。時間が経つほどに強くなる雨足。着替えをし、寝床についた頃には雷が鳴り響いていた。

 ― コンコン、

 その時、タイミングよくノックの音がならされる。

 「穂波...っ、雷が怖いんだ。一緒に寝てもいい?」

 か細いその声に反応し、すぐに俺は扉を開けてやる。
自分の枕を持って入ってきた二葉は勢いよく俺にしがみついてきた。
 普通ならば高1にもなって雷が怖いのか、と茶化すところだが、俺は優しく二葉を抱きしめ頭を撫でた。自分よりも小さくか細い存在が愛しくてしょうがない。

 「おいで、一緒に寝よう。」

 「やった。穂波大好きーっ、」

 ベッドの上に横になれば、俺に抱きついたまま眠る二葉。
 二葉が動くたびに柔らかい髪の毛が首元にあたり、くすぐったかった。

 ―


 ――


 ―――

 「...っ、あっ...!はっ...、」

 突如異様な息苦しさで目が覚める。しかしあたりは暗く、何も見えない。
 頭が回らないまま息苦しさの原因である首に本能のまま手を掛けるが、首を絞める何かはビクともしない。

 そうして力が抜けてきた頃、カッと部屋の中が一瞬明るくなった。

 「...っ!!」

 見えた先、目の前には二葉がいた。
いや、正しくは酷く歪んだ笑みを浮かべる...元は二葉であろう人間。
 しかしすぐに部屋の中は暗くなり、少し遅れて雷の音が鳴る。
 信じられない光景。俺の目は見開いたまま閉じることもなく、目の前にいるであろう二葉を見続ける。

 「はっ...ぅ、げほげほっ...けほっ、」

 何もわからないまま薄まっていく意識だったが、急に塞がれていた気道が解放され、大量の空気が肺に入り込んできた。
 その勢いにむせながらも、殺されかけた恐怖で俺は反射的に二葉から離れようと窓辺まで後ずさる。

 「あぁ、よかった。きれいについてるね。」

 そんな俺を気にすることなく二葉は近づき、俺の首に手を添える。
 外から漏れる僅かな光に照らされた、人形のように整った顔。いつもなら愛らしく感じていた笑みが今は異様なものに見え、思わず視線を逸らす。

 「...っ!!」

 そしてその先にある、鏡に写った自分の姿に俺は悲鳴をあげそうになった。

 「穂波のそのきれいな首に、首輪をつけてあげたんだ」

 喜々とする明るい口調。
 
 俺の視線を奪うのは、絞められたことによって鬱血したかのように赤黒く首元に残る指痕。

 それはまるで首輪のように見えた。
 



 翌日の朝。結局俺は夜眠ることができず、目の下に隈をつくって朝を迎えた。
 すぐ隣には俺に抱きついたまますやすやと気持ちよさそうに眠る二葉の姿。

 嬉しそうに笑い、満足した様子の二葉は何事もなかったかのように俺に抱きつき、その体勢のまま眠った。
 カタカタと小さく震える体になんとか、カツを入れ再び二葉とともにベッドへ横になったが、殺されかけたという事実を流すことができるはずもなく、俺は恐怖に支配されていた。

 未だに外は雨や風で荒れ、木々は大きく横に揺れている。

 ― 今日もあんなことがあったのに二葉と2人きりなのか...

 どう二葉と接すればいいのか分からない。

 「..ん?」

 これから数日どうしようかと悩んでいたその時、タイミング良く携帯の着信音が鳴り響いた。

 ―


 ――


 ―――

 「本当助かったわ。ありがとうな、穂波」

 「いや、気にすんなよ。もう熱も下がってきてるし、暴れないでそのまま大人しく寝てろよ」

 「うっせー、わかってるよ」

 「それじゃあ、またな」

 「おうっ」

 ニッと笑い、俺を見送る友人。その顔は朝見たときとは違い、大分スッキリした顔をしていた。

 今朝電話が着たときはどうしたことかと思ったが、元気になってよかった。

 両親が用事で実家に帰っていることもあり、熱をだし俺に助けを求めてきた友人を病院まで連れて行ってやり、夜まで看病していた。
 友人はとてもそのことについて感謝していたが、逆に俺の方が礼を言いたい気分だった。

 少しでも今は二葉と距離を置きたいと思っていた俺からすれば、1日中居座らせてくれた友人の存在は正直ありがたかった。

 二葉がまだ眠っているうちに家を出たため、会話はしていない。
連絡と言ってもメールで“友達の看病をしてくる。今日中には帰る”そう伝えただけで、それからすぐに携帯の電源は切ったため、メールのやりとりも電話もしていない。

 そうして友人宅を出て静かな夜道を歩く。

 時刻は10時を過ぎており、最終バスぎりぎりで家に帰った。




 「ただいまー...って、もう寝たか、」

 玄関の鍵を開け、中に入るが居間に明かりは灯されておらず静まりかえっていた。
 改めて時計を見れば、ちょうど23時を迎える辺りだった。

 ― 少し早いがすでに寝てしまったのかもしれない。

 そう思った瞬間、安堵の息がでる。
 とりあえず、今日は一緒に過ごさないですんだのだ。母親は3泊4日だと言っていた。まだ約2日ほど残っていたが、それでも今日一日二葉と接することがなかったというだけで大分気が休まった。

 そうして俺もすぐ寝てしまおうと、部屋に向かうため階段を上った。...その時、

 「 おかえり、穂波 」

 「っ、二葉。なんだ、まだ起きて―――――― えっ...」

 部屋から出て俺の目の前に現れた二葉。

 そして突然訪れる体への衝撃。

 変わる視点。

 重力に従って落ちる体。

 ― 階段から突き落とされた ―

 そうわかったのは鋭い足の痛みと、体中の痛みに堪えることができず、床に倒れたまま呻いた時だった。

 階段の上の方から落とされたせいで脳震盪を起こしているのか、ひどい吐き気がし、視界も霞む。

 「大丈夫だよ、穂波。僕が看病してあげるから!」

 タッタと、軽やかに階段を下り、俺のそばに屈む二葉。

 自分で俺のことを突き落としたくせに、心配そうな顔をして頬や額に触れてくる。

 「...はっ...ぁぐっ、ぅ...なん、で...なんで、だよ...っ、」

 再び殺されかけた。いや、もしかしたら死ぬかもしれない。

 体中が痛い。意識が薄れていく。

 カタカタと恐怖で手が痙攣する。

 「ねぇ、これじゃあ他の人の看病なんてできないね。穂波を独占していいのは僕だけなんだから。」

 そういい、ニコリと微笑むその姿は昨夜目にしたものと全く一緒だった。

 そしてその姿を最後に、俺は意識を手放した。





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