▽ 13
うるさく鳴る心臓。家に着いた瞬間、緊張がほぐれたのか一気に体の力が抜けた。
多量の冷や汗が背や額をつたう。
「...終わったんだ。もう終わった」
俺の口からは乾いた笑いが出て、強く一文字に閉じていた口元が緩まった。
あぁ、だるい。あぁ、気持が悪い。あぁ、吐きそうだ。
ゆっくりと壁をつたいながら自分の部屋へと向かう。
もう終わった。もう終わった。これで俺はもう苦しまずに済むんだ。
漸く日常に溶け込む生活を送ることが出来るんだ。
部屋に着くとベットの上に横になり、深く息を吐く。
瞼を閉じ、思い浮かぶのは先ほど久礼の部屋であった出来事だった。
『俺たちはもう、終わりだ』
俺はあるモノ――メモリースティックを久礼に投げつけた。
『何これ、嘉一...意味が、』
『俺、浮気したから。その中に証拠の写真入ってる』
『...え、?』
途端、久礼の青い顔から表情が消えた。
俺はただそんな久礼を見下ろしていた。
すでに近くでなにやら喚いている女の存在など、俺と久礼の中にはなかった。
『お前は嘘吐きだ。俺を裏切っていろんな奴を抱いた。もう俺は限界だ、苦しいんだ。だからお前と同じように浮気した』
無表情のまま俺の話を聞く久礼をみていてとても愉快に感じた。
そして他人とした情事のことを思いだし、クスリと笑った。
『セックスっていいもんだな。すごい気持ちよかったよ?...まぁ、お前とは結局最後まで一度もしなかったけど。
俺とお前は浮気者同士。こんなの恋人じゃない、別れよう...久礼。俺はお前とはやっていけない』
『か...いち、』
無表情のまま、ボロボロと涙を流し俺を見つめる久礼。...それに対してもう、胸は痛まなかった。
自業自得だと思った。お前が悪いんだ。俺はお前を愛していたのに。
『次は浮気しない奴を選ぶよ。じゃあな』
それだけ言うと俺は久礼に背を向け扉のノブに手を掛ける。
『嫌だ...嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!嘉一っ、俺を捨てないで!!許して!もうしないから!!
別れたくない...なぁ、どうすればいい、どうすれば戻ってきてくれ――』
『もう、無理だ』
―バタン、
後ろでわめく久礼を置いて俺は部屋を後にした。
涙は出ない――悲しくないから。
苦しくない――心の重みがとれたから。
そして俺は足早に久礼の家を出て自宅へと向かった。
「あぁ、疲れた」
心身ともに俺は疲労しきっていた。少し眠ろう、明日からは久礼のことで悩まなくて済むんだ。
よかった、ストレスが減って。
重くなる瞼に抵抗することなく、すんなりと俺は眠りの世界へと入っていった。
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