短編・リクエスト小説 | ナノ

▽ 隣人


 「どうかしたんですか?」


 それは目の前の男と2度目の接触時に掛けた言葉だった。
 大学の講義が終わり、1人で暮らしているマンションに帰った時のこと。

 部屋の隣で男が1人、大量の買い物袋とともに床に座り込んでいた。初めは怪しいと思いながらも気にせずに、カギを開けて自分の部屋に入った。
 しかし、近くのコンビニに行こうと再び玄関を出た時、未だに扉の前に座り込んでいた男を見てさすがのユキトも心配になり、声をかけた。

 「 ...。 」

 男はチラリ、とこちらを一瞥するが何も発することなく再び目の前の扉を見つめ続けた。
 男にしては長い髪の毛。肌は白く、体つきも華奢に見えた。長い前髪のせいで目元はあまり見えないが、小さく整った鼻や口元、シュッとした輪郭が印象的で男らしさが全く感じられなかった。

 ユキト自身、昔から美人だ美人だ、と周りから言われてきたが目の前の男と同じように男らしさが全くないわけではなかった。...といっても、中性的だ、とユキト本人喜んでいいのかどうかわからないことも言われることがあったが...

 ―声掛けたからには、何だか放っておくこともできず、ユキトは男の目の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。

 「あの...あなた、藤峰さんですよね?前に一度僕が引っ越してきた時にも会いましたけど...」

 「 ...。 」

 だが、何の返答もしない隣人の男...藤峰。それに加え、藤峰はユキトから目線を逸らし、斜め下を見つめ続けていた。

 「僕、隣人のユキトです。...えーと、藤峰さん、何か困ってるのなら僕でよければ助けになりますよ、」

 「......っ、」

 「ん?すいません、もう一度言ってもらってもいいですか?」

 「....かぎ...、」

 「 かぎ? 」

 「......失くして、」

 漸く発せられたその声は小さく、蚊の消え入るようなものだった。しかも、どもっているせいで聞き取って理解するのにさえ頭をつかった。

 「あぁ、なるほど。鍵を失くして部屋に入れなかったんですね。それなら管理人さんに言えば、どうにかしてもらえますよ」

 「....。」

 「あの...普通に、カギを失くしてしまって中には入れないってことを1階にいる管理人さんに言えば...」

 「....。」

 再び黙りこくってしまった藤峰。依然として目も合わせようとはしてこない。さすがのユキトもその態度に苛立ち覚え、小さくため息を吐いてしまった。

 「...ッ!!」

 「え...っ、」

 その瞬間、藤峰は過剰なほどに肩をビクつかせ、口をへの字に曲げさせた。それはまさに泣いてしまう直前といっても間違いではないであろう姿。

 まるでこちらが加害者になってしまっているような...

 「いや、あのすみません...怖がらせるつもりはなくて、」

 思わず発するのは謝罪の言葉。

 「...じゃあ、ちょっと待ってて下さい。僕が今管理人さん呼んできますから、」

 半ば呆れてしまったユキトは早く目の前の人間から離れてしまいたい、ということもあり管理人の元へと向かい、事情を説明して何とか藤峰を部屋に入れてやることを成功させた。




 「どうかしたんですか?」

 それはついこないだ藤峰に対してかけた言葉と同じもの。
 ただ、状況は少し違った。

 「あの、藤峰さん...?」

 前回と違うところといえば、周りに大量の買い物袋はなく、あるのはコンビニの袋が1つだけだというのと、しゃがみ込んでいる場所が...――― ユキトの部屋の前だ、ということ。

 「僕に何か用ですか?」

 「 ...っ、」

 「え...くれるん、ですか?」

 突然立ち上がった藤峰。おずおずと突きだされた手には何やら食べ物が入ったコンビニの袋。
 藤峰は顔を俯かせ、何を発することもなくただただ手を突き出し続ける。
 どうしようか、そう思いながらも袋を受け取れば、藤峰はそそくさと隣の部屋へと入っていった。

 「...なんだったんだ、」

 首をかしげながらも、ユキトも自分の部屋へと入った。袋の中を見れば、いくつかの甘味物と一枚の紙が入っていた。

 “ 先日はありがとうございました ”

 紙にはそう書かれており、思わずユキトは笑ってしまった。

 「わざわざ書かなくても...口で言ってくれればいいのに、」

 それはやはり藤峰という男は、今までに会ったことのない人だな、と改めて思わせられる出来事だった。


 ――


 ―――――


 ―――――――――


 藤峰という隣人は、俗に言う“コミュ障”というやつなのかもしれない。ユキトは藤峰の言動を思い返してみてそう思った。
 あれから数日。ユキトはよく藤峰と関わるようになっていた。...というよりも、ユキトから藤峰に接触するようになった。

 そして今日もチャイムを鳴らし、僅かに開けられるドアの隙間から藤峰に笑顔を向ける。

 「藤君、今日バイト先でケーキをたくさんもらったんだ。よかったらどうかな、」

 「 ...。 」

 「たしか、藤君の好きなチョコレートケーキもあったはず!ね、おいでよ」

 そう言えば、藤峰は顔をカチカチに硬直させたまま鈍い動きでユキトの後について自分の部屋を出た。

 「てきとうに座ってよ、」

 自分の部屋の中に藤峰がいる、というこの状況は自身の行動によるものだが、つい数日前には想像もしていなかったことだった。
 藤峰に笑いかけ、ケーキと飲み物の用意をする。...しかし、その間もずっと藤峰はどこかに座ろうとはせずに同じ場所に直立し続けていた。

 「じゃあ、よかったらここどうぞ」

 そういって指差すのは、机をはさんで座った向かえの位置。そうして漸く藤峰はかしこまりながらもちょこんとそこに座った。



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