短編・リクエスト小説 | ナノ

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 「あっ、こんにちは。真崎さん」

 「ゆずるちゃん、遊びに来てたんだ」

 放課後、家に帰れば弟である雄汰(ユウタ)の彼女、ゆずると鉢合わせした。
 黒い長髪の彼女はニコリと笑み、お辞儀をすると雄汰の部屋へと入っていく。

 小さい顔に大きな瞳。いつもニコニコとしている彼女はとても女の子らしく可愛かった。
 父さんの転勤に母さんもついていったため、弟と2人きりの生活をしている中、ちょくちょくゆずるは家に来ては料理や掃除をしてくれていた。

 ― 本当、雄汰はいい彼女をもらったもんだな。

 付き合い始めたのはつい最近らしいが、とても雄汰に尽くしていて、雄汰もゆずるにはベタ惚れな様子だった。

 そんな2人の関係は羨ましいと思うが、佐竹に彼女は作るなと言われている手前、俺には程遠いことだと冷めた目でも2人のことを見てしまっている。

 “俺、彼女作らないから真崎も作らないでね。あと、俺以外の人を好きになるのもダメ”
そう何度も俺に言い聞かせる佐竹。俺がその言葉に頷けばいつも嬉しそうに笑んでいた。

 「ねぇ、兄ちゃん宛てにこれ届いてたよ。送り主は書いてないけど、」

 居間でテレビを見ていればゆずるを見送ってきた雄汰に1通の手紙を渡される。

 「あぁ、手紙な」

 見慣れたそれを一瞥し、受け取れば「じゃあ、俺さきに風呂入ってくるから、」と渡して満足したのか雄汰は居間を出ていく。
 そして雄汰の背中を見送り、再び1人になった俺は手紙の封を開け中に目を通した。

 「また同じやつか」

 中に入っているのは数枚の写真と1枚の便箋。内容はいつも通り反応に困るものだった。

 “今日もすごくかっこいい” “最近は朝いつも乗ってるのより1本遅いバスだね”


 最初の文面はこのように俺の行動などが書かれている。しかし段々と内容はエスカレートして...

 “夢の中で君と抱き合ったんだ。だから夢精しちゃった” “君がいたバスの席に座ったら君のぬくもりが残ってるんだ。僕はそれだけで勃起したよ”

 など、少々内容が危うくなってくる。しかも文面を見て分かるようにこの手紙の送り主は男だ。
 写真も俺を隠し撮りしたものと多分、送り主のであろう勃起したものの写真やイってすぐなのか白濁で汚れた屹立の写真も添えられている。

 それに加え、隠し撮りの写真はよく見ればふやけた部分があり、微かに青臭いにおいがした。

 「何とも熱烈なものだな」

 僅かな嫌悪を感じるが、しかし特に俺はこれを重く受け止めずゴミ箱に捨てると再びテレビに目を向けた。




 「兄ちゃん弁当忘れてる!せっかくユズルが昨日用意してってくれたんだから、忘れちゃダメだろ」

 「悪いな。それじゃあ」

 「はいはーい。いってらっしゃい」

 玄関で雄汰から弁当を受け取り、早足で外に出る。
 家から離れてる所に学校がある俺とは違い、すぐ近くに学校がある雄汰は未だに寝癖をつけたままの、寝ぼけた顔で俺を見送った。

 ほぼ毎日、ユズルによって作られる弁当のおかげで俺の食生活は素晴らしいものになっていた。


 ――


 ――――


 ――――――


 「まずい。やっぱりこんな弁当食べるのやめなよ」

 昼休み、弁当をつまみ食いした佐竹は眉をひそめ、きちんと噛むことなくそれを飲み込む。

 「真崎、よくこんなまずいの食べれるね」

 「...はぁ。佐竹、この弁当はさっきも言ったが弟の彼女がわざわざ作ってくれたものなんだ。それをそんな風に悪く言わないでくれ」

 いつもは佐竹の言葉にイラつくことなどなかったのだが、この発言は無視することができなかった。それに弁当だってまずくなんてない。普通に美味かった。

 だから軽い苛立ちを感じた俺は今、初めて佐竹に対して反抗した。

 「...は?」

 「いくら佐竹でも、言っていいことと悪いことがあるだろう?」

 そして再び弁当を食べようと思い、箸を手に持つが佐竹に手首を掴まれ落としてしまう。

 「何、もしかして真崎その彼女このこと庇って...俺のこと怒ってるの?」

 「庇うも何も俺は――― っ、おい、佐竹!?」

 突然掴まれた手首を引っ張られ地べたに倒される。

 「...っ、」

 反射的に伸びた俺の手は覆い被さってきた佐竹の胸を強く押した。
 当然のことながら不意を受けた佐竹は俺の上からどかされ尻もちをつく。

 「佐竹...」

 自然と生まれてしまった佐竹との距離。そして異様な雰囲気に包まれる。
 すぐに起き上がり近づくが佐竹はぶつぶつと何か呟いているばかりで俺の声に全く反応しない。

 「悪かった佐竹...なぁ、」

 「...る...ない。...お..の...もの、だ」

 「...?何言って、...ぅぐっ、!!ふ...は、あ゛っ、」

 「許さない。真崎は俺のものなんだ」

 バッと顔を上げた佐竹は再び俺を押し倒し両手で首をきつく締めあげてきた。

 強い締めつけに気道が塞がれ、ギチと肉の音が鳴る。

 「せっかく2人きりなのに。クラスでも邪魔なやつは消したのに...今度は弟の女か。なんで真崎は俺を怒るんだ。なんで俺を拒絶するんだ。なんで俺の言うことに頷いてくれないんだ。――― なんで、女なんかのために、俺に冷たくなるんだ」

 「あ゛...っ、ぁ...ぐ、ぅ...っ、」

 「どうして俺と一緒にいるのに女のこと考えてんだよ。なぁ、お前には俺しかいないんだよ?今まで弁当は真崎が自分で作ってるのかと思ってたのに...ちゃっかし俺以外の人間が触ったもんだったし。汚いよ。それにいつも思ってたんだ、真崎は俺が触れたものだけを体に取り込めばいいって。そうすれば人間の三大欲求のうちの真崎の食欲と性欲、二つも俺は支配できるんだ。そうだ、いい機会だからこれを機に...―――」


 わけのわからないことを早口でベラベラと話す佐竹に俺は戸惑いを覚えた。
 佐竹らしくもない意味不明な言葉の数々。突拍子もない発言。要点のない内容。

 苦しい中、先程までの会話を思い返すが佐竹がこうなるほど反応した個所がいまいちわからなかった。
 弁当がどうのだとか言ってたが、それの何が悪いというのだ。何に対してそんなに怒っているのか。

 「う゛っ、く...っ、」

 「はっ、う...げほげほっ、...けほっ...」

 佐竹の言っていること全て、わけが分からなかった。
 とりあえず、この状況をどうにかしようと渾身の力を込めて脇腹を蹴りあげればいとも簡単に佐竹は地面に倒れる。
 呼吸がままならないままに、まずは佐竹を落ち着かせようと立ち上がった。

 「少し、落ち着けよ佐た...――― ッ」

 しかし、地べたに腰をおろしている佐竹の顔を見て俺は足を踏み出せず、立ちすくんでしまった。

 ― 殺される

 本能でそれを感じ、手の平に大量の汗を掻く。

 暗い瞳。力なく開いている瞼。薄く開いた口は細かく動き、また何か呟いていた。
 どんよりとした重苦しい空気。その中で逸らすことなく向けられる二つの瞳。

 怖い、と思った。

 そこに俺の知っている...クラスの奴らに好かれている、明るくていつも笑っている佐竹の姿はなかった。

 そこにいるのは全くの別人。殺気だけを放つ人形のような存在。
 きれいに整った顔が一層不気味さを醸し出していた。

 そして佐竹が立ち上がろうとした瞬間...

 「...っ、」

 俺は荷物も全て置いて、そこから逃げ出した。




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