2.名前で呼ばせて!


 この城で生活する中で、自然とキリツグと普通の会話ができるようにはなった。
 その時の嬉しさといったら、テンションが上がりすぎて危うくまたキリツグに無視されそうになったほどだ。その様子を見ていたアイリスフィールからは、仲良しさんねーなんてのほほんとした笑顔を向けられた。
 もう抱き上げられたくないからなのか、それとも無視するだけ無駄だと悟ったのか。おそらくどちらもだな。
 だが相変わらず目が合うことがない。寂しいとは思うものの、話ができるだけましだと思っておく。
 ただ、どうしてか名前で呼ばれることに抵抗があるらしく、僕に名前でなくマスターと呼ばせるようになった。
「マスター」
「なんだい、セイバー。おやつは一日一回だよ」
「キリツグ」
「…」
 露骨に嫌そうな表情を向けられる。
 なにがそんなに嫌なのだろう。会話が成立する以前はそんなこと無かったのに。
「マスター、マスターは何故名前を呼ばれることを嫌うのですか?」
「別に嫌だなんて言ってないだろう」
「ならそんな顔しないで下さい」
 じっと互いに出方を窺う様に見つめる。 まるで我慢比べのようなそれに、耐えられず先に目を反らしたのはやはりと言うべきか、キリツグの方だった。
「君は、僕を名前で呼びたいのかい?普通サーヴァントはマスターって呼ぶものじゃないのか」
「以前はキリツグと呼んでも反応すらなかったのに、何故今になって名前で呼ばれたくないのかが分からないから」
 キリツグがぐっと言葉を詰まらせる。
 そして分が悪いと感じたのか、踵を返そうとする。だがそのまま逃がすつもりまない。キリツグが後ろを向いた瞬間、がしりと右腕を掴む。
「離してくれないかな、僕の格好いい騎士王さん」
「おだててもダメです。離しません」
「君はなんでいつもそんなに強情なのかな」
「だってこうでもしないと、キリツグはずっとはぐらかすじゃないですか」
 ヤケになってニコニコと笑顔で受け答えすれば、キリツグは「あ、こいつ何言っても無駄だ」と半ば諦めモードに達する。
「…僕はね、機械になりたいんだよ」
 いきなりのその言葉に、思わず首を傾げるが、キリツグは構わずに続ける。
「ただ目標を完遂するだけの機械。そんなものが自分の感情に揺さぶられるなんてあっちゃならないし、愛情なんて以ての外さ。いつかそれを裏切ることになるんだから。でも僕は、分かっていても情が湧いてしまうから、だから少しでもその相手を作りたくないんだよ」
「だから名前で呼ばれることを拒むのですね」
「サーヴァントである君にすら、親しくなれば情が湧いてしまうことは必然だからね。本当は最後まで会話なんてものするつもりは無かったんだ。でも現にこうして会話をしている。だからもうこれ以上は駄目だ」
 いつも以上に饒舌なのは気のせいなんかじゃないだろう。握った腕から震えが伝わる。きっとこの腕で、今まで幾人もの大切な人の命をうばってきたのだろう。そしてまた新しく大切な誰かを作っていく。
「大丈夫ですよ、切嗣」
「セイバー…」
「だってそれを終わらせるために聖杯を取るのでしょう?もう大切な人を弔わなくていいように。僕は切嗣、あなたと共に聖杯を手にしたい。アイリスフィールだって、舞弥だってそれを望んでくれている。ああ、勿論イリヤスフィールもね。だから僕を道具として扱ってくれたって構わない」
 切嗣を抱き締めれば、決して小さい訳ではない身体がすっぽりと収まる。そのことが哀しくて、自分の体温を分け与えるように、力を込める。
「痛いよセイバー」
「切嗣は細過ぎです。以前忠告したのに、食事量変わってませんね?」
「ちゃっかり名前で呼んでるし…」
「だって切嗣は切嗣ですから」
「わけがわからないんだけど。ほら離して」
「じゃあこれからは僕が切嗣の食事量を管理してあげますね。まずお肉を沢山食べるべきです。今の5倍くらいの」
「うんごめんちゃんと食べるからそれは勘弁してほしいんだけど」
「それから睡眠時間が些か短いかと。あれじゃあ成長するものもしませんよ。了承が得られるまで離しません」
「そもそも成長期は過ぎてるんだよね」
「それでもです」
 だってあなたが大好きだから、心配なんですよ。
 声には出さなかったけれども、もしかしたらパス越しに伝わったのかもしれない。
 ちらりと見えたその哀しげな顔は、嫌に鮮明に頭の中に刻まれた。





キリツグからの切嗣はワザとです
けしてミスでは御座いませんので(笑)


next...?
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