1.アインツベルンの城にて


 エミヤキリツグという男を理解することは、意外にも簡単であり、とてつもなく難しかった。
 キリツグが叶えたい願いは理解できた。恒久の平和。それが実現出来ればどれほど素晴らしいだろうか。誰も悲しまず、誰もが幸せになれる世界。だけれど所詮は夢物語だ。叶うはずのない願い。だからこそ願望器にすべてを託したのだろう。
 だが、その行動を理解することはできなかった。
 何故わざわざ恨みを買うような方法を取るのだろうか。何故多くの血を流す方法を取るのだろうか。何故わざわざ己が傷つく方法を取るのだろうか。何故。何故…。
 そして疑問が膨らむのと同時に、この男がどうしようもなく愛おしくなっていった。哀れでしかないその生き方に、ある種の母性と言うべきか、加護欲が芽生え始めていった。
 だからこそセイバーはキリツグを、我がマスターを護ろうと決めた。

 風が吹き抜ける渡り廊下。そこに己のマスターである、キリツグが一人立っていた。
 雪に閉ざされた中にいつもと同じ様に全身黒尽くめの格好はいやに目立つ。
 いつもは鋭く研ぎ澄まされた瞳も、今は何を見るでもなくボーっとしている。その様子を見ていると、この真っ白な景色の中へ溶けていってしまうような錯覚に陥る。
「キリツグ」
 相手の目を見て名を紡ぐ。
 だが彼は一向に此方を見ようとはしない。いつものことだ。
「ねえキリツグ。マスター。そんな所に居ては風邪をひいてしまうよ」
 此方を見ない。
「キリツグ、聞こえているのだろう、部屋に入ろう?」
 見ない。
 これ以上は何か言ったところで無駄だろう。
 もうここまで来たらいつも通り実力行使をするまで。
 だって本当に風邪をひかれても困るしね、と自身に言い聞かせる。これもいつものこと。
 ヒョイとキリツグを抱きかかえる。うん、いつも通り軽い。
 こうすればキリツグはぼそぼそと小さな声だが言葉を発する。ただし、相変わらず此方を見ようとはしないが。
「…下ろしてくれセイバー」
「ダメだよ。言ったってキリツグは聞かないんだから。それといつも思うけれど、キリツグは一般的な成人男性と比べて軽すぎる。もっと食べるべきだ。色が白いのは、まあ此処に住んでたら仕方のないことだけれど、それでもあまり運動している様子を見ないのは頂けないな。だからお腹が空かないんじゃないのかな」
 君には関係ないとか、いつも勝手に抱えるのはそっちだろう、とかなんとか言っているけれどそんなものは無視だ。キリツグだって普段は僕を無視しているのだし、これくらいの反撃ならしたって良いだろう。おあいこだ。
 でもやっぱり無視されるのは嫌だな。
「キリツグはまだ僕の事が嫌い?」
「…」
「答えないと下ろさない」
「そうだね、英霊に祭り上げられるような輩は嫌いだな」
 分かり辛い返答。
 しかしそれは言外に君が嫌いと言われているようなものだ。分かってはいる。何度もした問いだ。だけれども、何度したって悲しいものは悲しい。
「でも僕はキリツグのこと好きなんだけどなあ。凄く悲しくなるよ」
「これでその質問は何度目になると思っているんだい?嫌なら止めれば良いじゃないか」
 正論。
 でもそういう問題でもないんだけどな。
「それは無理だよ」
「どうして?」
「だって明日にはキリツグが僕のコトを好きになっているかも知れないだろう?」
 だって僕はキリツグのことをこんなにも好きなんだから。
 その言葉を聞いてキリツグが、絶対に有り得ないなんて言ったような気がしたけれど、僕はそれを気のせいだと思い込んだ。


next...?


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