※不動←風丸
深夜の、誰もいない食堂。
その静まり返った空間は、馴れ合いの嫌いな俺には丁度良い。
少しお茶でも飲んでから、また寝るかと、カップやポットを用意していると、ガラリという音が聞こえた。
暗闇でも映える、よく見知った水色の髪を揺らしながら、風丸一郎太が入ってきた。今はいつものポニーテールをほどき、幾らか重量感のあるそれを背中に垂らしている。
「ああ、不動か」
ああってなんだ、ああって。それはこっちの台詞だ。
とりあえずそいつは無視して、自分の分のお茶をいれる。
そのままいつもの席につくと、そいつはお茶もなにもいれないまま俺の目の前に座ってきた。
何がしたいんだ。
先程とはまた違う、妙な静寂が食堂内に広がる。
いつまで経っても一言も発しないそいつに、流石に苛ついてくる。
とりあえずからかいでもすれば何かしらのアクションはあるだろうと、そいつの方を見てみる。が、直ぐに己の行動を後悔した。
何なんだこいつは…
人の顔をジッと見てくる。
その真剣な顔に、不覚にもどきりとしてしまったのは勘違いであってほしい。
そんなことを考えていると、いきなり笑ってきやがった。
「なぁ不動」
「んだよ。さっきから人の顔じろじろ見てきやがって。そんなに面白いか、風丸ちゃんよぉ」
ふざけて言ってみるが、うん、と生返事されてしまった。
本当に何なんだよ。
つか、風丸ちゃんにはつっこまねーのか、面白いでうんは失礼だろ。そもそもさっきの言葉をよく聞いていないままに返事しただろこいつ。
「俺にもお茶」
「そんぐらい自分でいれろ」
「ならいいや」
…俺には、本気でこいつがわからない。
もしかして電波なのか?
「じゃあ、一口」
「だから何で俺のやつ飲みたがんだよ」
「だって美味しそうだし」
「なら飲んでみりゃ良いだろっ」
ずいっとさっきまで飲んでたお茶を押しつける。
だが、お茶をじーっと見るだけで動かない。
「…飲まねぇなら返せよ」
「なぁ、不動」
もしかして猫舌とかか?なんて考えてたら、予想外な言葉が飛んできた。
「これ間接キスだな」
なんて嫌になるぐらいの笑顔で言われた。
俺があっけにとられていると、ふうふうと一所懸命に息を吹き掛けている。やっぱ猫舌か。
てか、問題はそこじゃねぇ!
「間接キスってわかってて、飲むかよ普通」
「回し飲みなんてよくやるしな」
ある程度冷めたのか、ぐいっと一気に飲む。顔に似合わず漢だ。一口とか言っておきながら、全部飲む気か。
というか、さっきの言葉はなんだったんだ。全く気にする素振りを見せないところをみると、もしかして俺がからかわれてるのか?
「実はな、俺あんま回し飲みとかしたくないんだよな」
いきなりカミングアウトされたって困る。よくやるんじゃねぇのか。
とりあえずそうか、と適当に流す。俺のは気にせず飲んでたろーが。
なんだかこいつと話してるとどっと疲れが出てくる。悔しいことに、こいつのペースに流されてるのがわかる。
そう言えば、試合以外でこんなに話すことなんてなかったからな。こいつのペースが全く掴めない。
「キライなやつなら尚更、したくないな」
まだ続いてたのかさっきの会話。いや、会話なんて上等なものでもないな。
ただ言葉を並べてるだけだ。
にしても嫌なやつにはしない、か。
「てことは、俺は嫌なやつじゃないってことか。光栄だな」
「へ?嫌なやつだぜ?」
目の前で真顔で言われると、対応に困る。
これが鬼道とかなら、嫌味で返すところだが、こいつの場合後ろにキャプテンやらエースストライカーやらが控えているから厄介だ。
下手したベンチにすら居れなくなる。
もしかしたら、ペースに巻き込まれたのは、そんな考えが頭の片隅にあったからかもしれない。なんて1人納得する。
「でもさ、キライじゃないな」
「……お前、本当に訳わかんねぇやつ」
「不動って意外とそういうの鈍いんだな。あ、お茶美味かったぜ。ご馳走様」
なんだか気になる台詞を残して、食堂からでていった。
「なんだよ、鈍いって」
呟いてみるものの、それに答えてくれるやつはいなかった。
まだ、不動のアンテナは風丸に向いていません。これを機に、少しずつ気になり始めます。
風丸さんは惚れたら一直線。そして策士。