2604(68) | ナノ

今日は甘いものの気分だったからと言って、忍足が取り出したのはやっぱりいつもの文庫本っていうちっちゃい本だった。チョコレートとかじゃないんだ、と思いながら俺はいつものように本を読む忍足をじっと見つめる。本の世界に行ってしまった忍足は、読み終わるまで俺の方を見向きもしない。分かってるけど何となく。その無表情かと思ったら案外話の内容によってゆるやかに表情が変わる顔を見るのは嫌じゃないし退屈にもならなくて、長い長い時間俺はずっと忍足を見ている。男だけど、キレイだなって。それはきっと惚れた弱みなんだろうなって。気付いてるけどあえて蓋をする。意識してしまったら、きっと鼓動が騒がしくて息のような忍足の声音を聞き逃してしまいそうだから。

忍足は本を読むのが好きだ。大体は恋愛小説だが、少女漫画も読んでいる。俺の好きな戦闘モノは好きじゃないらしい。忍足曰く「ジャンクフードみたいにくどい」らしい。忍足は本の感想を何故か味で伝えてくるので、胸焼けがする程甘ったるいとかほろ苦いとか甘酸っぱいとか瑞々しいとかたくさん聞いた。舌使ってないのによくそんな味の感想みたいなこと言えるよねって前に言ったら、「例題は分かりやすい方がええやろ?」って笑いながら返された。確かにジャンクフードは分かりやすかったけどさ。何にも食ってないのにまるで腹が満たされたみたいなこと言うから、ちょっと変だなって思っただけ。変だからって別に引いたりはしないけど。

感情の決壊。忍足は本を読むとすぐ泣く。いつもは全然表情変えないくせに、泣ける話にはめっぽう弱くて読みながらぼろぼろ涙を零す。それを見ているのは忍足をガン見してる俺だけなので、ちょっと嬉しい。感情の結露。本の感想を語ってる時の忍足もポーカーフェイスって何?ってくらいきらきらしてるのでアイツはただ単に表情を表に出さなかっただけなんだろうなって最近思う。何となく、ふと思ったことだけど。俺が睡眠っていう夢の中に刺激を求めるのと忍足が本の世界へ旅立つのは似てんじゃないかって思った。互いに現実見てないね。幻想があまりにも楽しいから。でもまぁ俺には尊敬する人もいるし英雄もいるからそんなに現実見てない訳じゃないけど。忍足はどうなんだろう。誰かに何か求めているのだろうか。…何だか嫌な気がしてきたな。今んとこは止めよう。後にしよう。もうすぐ終わる。左手で持ってる方のページ数が薄いから。もうすぐで、忍足は本を閉じる。そうしたら。

「……やっぱ甘いなぁこの本は、」
「何だ、読んだ事ある本読んでたの?」
「あぁ、うん。良作は何回読んでもあきへんからな。ジローも読む?」
「いらない」
「まぁ、ジローはそう言うやろうと思ったけども」

ええ話なんよ?と目を細め微笑む姿は柔らかくて。そう言われて何度か読んだけど、きっと俺は忍足と同じ気持ちでは読めないんだろうなって思ったから面白いヤツしか読まないことにした。ただ甘いだけの本は遠慮する。最後まで読めそうにないから。

「…にしても何で急に甘いもんの気分になったの?ちょっと前にケーキ食ったじゃん。跡部の誕生日に」
「そうやな。せやから食べ物は止めとこー思って。俺にはこれくらいで丁度ええわ」
「…答えになってないけど、」
「そうやねぇ…言うつもりはなかったんやけど、ジローにならええかなぁ。あんな、今日俺誕生日やねん」




「は?」
「だからな、一応ケーキ食ったみたいな気分になっとこう思て。どうせ買って来ても自力で食えんし、こっちの方が安く済むしええかなって、」
「ちょっと待って俺初耳なんだけど。は?誕生日?」
「おん。帰っても誰も祝いはせぇへんしな」

そう言ってへらり、笑った顔が、心なしかいつもより寂しげで。いっつも忍足の素の表情を見つめていた俺には小細工なんか通用しないんだって知った。隠しても分かるよ。ありのままの姿を見てきた俺には、お前の思ってること何となくだけど分かるからさ。

「―忍足、」
「うん?、ってちょ、え?何処行くん?」
「ケーキ屋行こ。んでもって今日の夜は皆で集まってお祝いしよう。せっかくの誕生日なんだから我儘言っても良いんだよ」
「じろ、もうすぐ六限目始まるんやけど…」
「今までサボってたやつの言う事?関係ないよ、」
「えー…そない食えへんよ、もう糖分は摂取したし…」
「でも胃袋は空っぽでしょ?昼休みもどうせ本読んでたんだろうし」
「…まぁそうやけど…」
「今日は俺の奢りだから好きなの食えよ。何なら甘いのじゃなくてファーストフード行く?」
「あれは気持ち悪くなるからいらん」
「何でも良いよ。俺はお前の好きにさせたい」
「……、」

正直ケーキじゃなくたって何だって良いのだ。誕生日=ケーキだけど、忍足が要らないなら別に寿司でもカレーでも良い。ただ、誰よりも一番に祝いたかっただけ。生まれてきてくれてありがとうって、誰より最初に言いたいだけだ。
忍足は口元をもごもごしながら、すっげぇ小さな声で「…ショートケーキがええなぁ」って言った。その後「一口くらいでええねんけど、」とも。



架空幻想一口ショート



→忍誕2012ギリギリで書き終えました。『恋する慈郎君の〜』の二人のイメージですので、続き物っぽい…?この二人で考えてた小ネタをちらほら混ぜ込んだら脈絡の良く分からない話になりましたね。現在の自分に書ける小説がこれでした。きっと今までの分を払拭するくらい豪華にやってくださることでしょう。跡部様が(笑)ジローだって頑張るよ!!

20121015


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