短編 | ナノ

そのままの君でいて

愛しの恋人は、俺の肩を無断で借りてぐうすか眠りこけている。その愛らしい表情に思わず誰もが心を開いてしまいそうな程、彼の寝顔は美しいと思う。少なくとも忍足はそう思う。

まぁいつものことなので、忍足はじっくりと彼の寝顔を観察して満足すると、鞄から借りてきたばかりの恋愛小説を取り出してぱらぱらとページを捲り出した。しおりのはさんだ先に、まだ読んでいない未開拓の文章がある。読んだ事の無い本を読むのは面白い。展開が分からないし、如何様にも考えられる。すべてのフラグを完全に拾い上げる事の出来る小説書きというのは少なく、大体が中途半端で終わる事が多いのだが、流石名門中学校。揃えている小説の豪華なこと。あんまりはずれを引き当てる事は無かった。
そんなわけでこの小説も、現在佳境部分に入っている。あと20分もあれば読めるだろう。…彼が急に起きてちょっかいをかけなければ。


***


すう、と急に意識が浮上した。何の前触れも無く。喧しい音に反応したとか誰かに蹴られたとかじゃなく、まるで海の中に身を投げたあと、ふわりと身体が浮かび上がるように。

何故だろう、と慈郎は首を傾げつつ、ゆっくりと目を開けてぱちぱちと何度も目を瞬かせた。ここはどこだっけ。確か、確か…まだおうち帰ってなかったっけ。だって見慣れた部室のロッカーと、それから…

「…おはようじろちゃん、起きたんなら帰ろか」

若干掠れた声で、おれのすきな人はささやいた。やわらかく微笑んだ顔は美しく、そして。

「……ジロー?どないした、」

―べろり。思わずゆうちゃんのほほを舐めた。きょとんってなって動きを止めたゆうちゃんの、未だ濡れたままの目尻にも、唇を近付けて軽く口付ける。どうやらゆうちゃんは泣いてたらしい。おれがねてるときに。それは何だか悲しいなぁ。だってかなしいのははんぶんこで、うれしいのは二倍がいいじゃない。だって『ふたり』なんだもの。


***


驚いたのは、自分の頬が濡れていた事に気付かなかったこと。本や映画なんかを見ていて、ほろりと涙が零れる時はまぁ無い訳ではないので何ら珍しいことではないのだが……ちょっとだけ、びっくりした。
慈郎はまるで何かを訴えかけるようにじっと此方を見つめてくる。別に辛い事があったとかじゃなく、ただ一つの恋模様に感動して涙を流しただけに過ぎないというのに、それでも彼は俺に何かあったのではないかと心配してくれているようだ。平気なのに。そっと微笑んで頭を撫でると、慈郎は俺にくっついてぎゅうぎゅうと身体を締める。もしかしたらあやしているつもりなのかもしれない。可愛え子やんなぁ。思わず表情が綻びそうになった。

「…じろちゃん、」
「なぁに、ゆうちゃん」
「大丈夫やで、俺は悲しんどる訳や無いから」
「…そうなの?」
「うん。人は感動しても涙出るんやで?」
「……」
「…自分漫画好きやん。たまにない?」
「…ある、かも…?」

難しい顔をした慈郎は、それでもまだ納得していない顔をしている。それでもいい。納得されずとも、理解されればそれでいいのだ。彼の感性と俺の感性は違うから。

ちらりと時計を見やると、時刻は放課後すでに学校の下校時間を過ぎている。いつも遅れることが多いゆえに多分怒られることはないだろうが、もしかしたら遅くまで生徒会の仕事をしている生徒会長に捕まるかもしれない微妙な時間だったので、立ち上がって荷物を持つ。すると慈郎は、置いていかれると思ったのかびくんと身体を揺らして、待って待ってと泣きそうな声で叫びながらわたわたと慌てて立ち上がった。







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