短編 | ナノ

花盛り

田んぼのあぜ道を、前を省みることなく下ばかり見つめながら歩く慈郎を、その後ろを歩く忍足は注意深く歩く。慈郎が見ているのはどこにでもありそうな雑草ばかりで、果たして彼の目にはどう映っているのだろうか。少なくとも忍足には、わざわざ直視しなければいけないと思うほどの興味はまるでないが。

「あ」

小さく声を上げた慈郎が、急にぴたりと足を止める。そして急にしゃがみこむものだから、忍足は一度周りを見渡してから慈郎の近くで膝を屈めた。慈郎が見ているのは、やっぱりただの雑草だったけれど。緑色の中に一色、異なった色があれば誰でも一応は気付くものだ。白詰草や蒲公英のような派手な色でなくとも。

「この花、ちっちゃくてかわいいね」
「そうやねぇ」
「何ていう花なんだろうね」
「さぁ…俺は見たこと無いなぁ」

ささやかで他の花より小ぶりなその花は、見ればあちらこちらに咲いている。雑草の一種なんだろう。見たことなかったけど。紫色の小さな花。慈郎が足を止めなかったら気付きもしなかったんだろうと思うと、彼と一緒にいると小さな発見があって面白いと思う。前までは思いつかなかったであろう感情は、きっと彼と出会ってから価値観が変わった証なのだろう。人の心を動かすのが得意というのはこういうところからだろうか。ゆっくりと思考の海に沈みそうになっていた忍足に、慈郎は何の前触れも無く、

「何かゆうちゃんみたいだね」

と言った。忍足はその意味をよく理解する事が出来なかったので、「何で?」と尋ねる。彼の思考回路は複雑怪奇なので、自分で考えようとすると頭がパンクしかけるので止めておいた方が良いことを良く知っている。慈郎は何度か言いよどんで、それから忍足と花にそれぞれ目線を合わせてから。

「自分のことを過小評価してるとことか、かな?」

跡部が言ってたから知ってるよ、過小評価って。成る程よく知ってるなそんな言葉と思ったら、ただ単に跡部が教えただけか。そりゃあそうやろな、だって慈郎は自分を過小評価することはないし。慈郎は、俺が俺を過小評価しとると思ったらしい。…いや、違うか、そう思ったのは跡部の方か。どちらにしてもそう思われたことに変わりは無いので、少しくらいは言葉を選んだ方がいいかもしれないな、と思った。相方持ち上げすぎてばれたか。

「だって花ってね、みんなおんなじだと思うの。シロツメクサもタンポポも同じ。それなのにこんなにひっそりしてて、まるで隠れてるみたいだなって思って」
「隠れとるにしては色んなとこにおりすぎやと思うけどな」
「いいんじゃない?タンポポだってシロツメクサだって、たっくさん咲いてるんだから。ゆうちゃんもたっくさん咲けばいいよ!!」
「いつの間にその花は俺になったん?」
「名前知らないんだもん。だから、ゆうちゃんって名前にする」
「さよか…どっちかと言うと俺は蒲公英の方が慈郎らしい思うけどな」
「じゃあおれタンポポになる!!」
「逆や逆」
「あ、そっか」

―じゃあおれとゆうちゃんがいっぱい咲いてるんだね!!

きらっきらの笑顔でそう言い抜かした慈郎は、「おれたちがいっぱーい!!」と叫びながらきゃっきゃ言ってはしゃぎ出した。


→文中に出てきた紫の小さい花は名前知らないんですが、私が実際に田んぼのあぜ道で見た花です。白詰草やたんぽぽ以外にも咲いてるんだーと思いながら見てました。ちなみにすみれではないです多分。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -