短編 | ナノ

つまりはそういう事でしょう?

謙也は、親と同じ道を歩くのは嫌だと言った。医者になる気はあるけれど、親と同じことはしたくない、と。だから謙也は、大学在学中にやりたいことをやりたいだけやると言っていたし、しかしながら決して医学の勉強を怠りはしなかった。かなり忙しかっただろうに、それでも謙也は自分にしか出来ないことを見つけて積極的に行動した。未練がないように。大学を卒業すれば、研修に追われることが目に見えているから。

では俺はどうなんだろう。親と同じ道を歩くことを、あまり苦には思っていない侑士にとって、研修に至るまでの過程は一体何にあてるべきなのだろうか。バイトや勉強にあてる者が大勢いる中で、侑士は一人カフェテラスで甘いコーヒーを啜っている。糖分は疲れを吹き飛ばしてくれると聞いたときから意識して飲むようにしている甘いコーヒーは、正直あまり侑士にとって得意ではないので、二、三口飲んだらそっと唇を離した。
ぼんやりと携帯をいじっていると、ぱたぱたと走る音が聞こえたので顔を上げる。足音は侑士のすぐ近くで止まり、彼は走ってきたことであがった息を整えながら侑士に向かってにこりと微笑んだ。いつもと何ら変わらない、やわらかな声で。

「ゆうちゃん、どうしたの?」

ことりと首を傾げながら、慈郎は言った。

***

慈郎との付き合いは中学生からで、高校、大学へと進学しても続いた。正直そんなに長く付き合うだなんて思ってもみなかったから、未だにあまり信じていないというか何というか。それでも昔よりも接触が減って、今日会ったのも随分と久し振りだった。昔は過剰なまでに接触していて、互いの奥深くまで入り込まないと満足しなかったというのに、今では触れることもあまり出来ていない。一人で抜ける方法は一応教えたが、あの時の快楽を知っている彼が進んでそれをするかは謎だった。随分と溜まっていそうだと思う。色々と。


ここらへんが引き際だと思った。今なら彼を解放出来る気がした。大学を卒業すれば、次に待つのは研修なのだ。今よりももっと時間が無くなって会えなくなるのは明らかで、我慢するのが苦手な彼がそれを我慢出来るとは到底思えない。だから今、彼を手放すべきだと思った。そうすれば彼は、我慢する必要もない。ぐるぐると脳内にあった考えを、言葉として外に出すのが今日の彼を呼び出した目的だった。
一度俯いた顔を、ゆっくりと上げる。慈郎は俺の顔を見て、俺の考えを悟ったのか「どうしたの、」と今度は真顔で尋ねてきた。どうもしていない、大丈夫だと口にするよりも前に、俺は彼に別れを告げる。これ以上一緒にいても、彼を苦しませるだけだから。
慈郎は俺の言葉を最後まで聞いた後、そっと口を開いた。すぐに理解してくれるなんて思ってはいないし、怒られるかもしれないことは十分に予想していた。それでも切らなければ、今ここで立ち切らなければ、彼がツラくなるのは目に見えている。慈郎は俺をしっかりと見つめながら、机の上に乗っていた俺の手にそっと触れた。

「―俺はゆうちゃんが思ってるよりもずっとずっと、ゆうちゃんの事好きだよ」

だから絶対に別れないからね。慈郎ははっきりと言い切った。
これくらいは予想の範疇のはずだから、俺は次の言葉を重ねなければならない。そう分かっているはずなのに、言葉は喉の奥につっかえてしまって口から出てこなかった。さらに言葉を重ねたのは、彼の方。

「ゆうちゃんは覚えてないかもしれないけど、俺、ゆうちゃんと付き合う前からずっとゆうちゃんのこと好きだったんだよ?だからね、大丈夫。俺ちゃんと待てるよ」

もう子供じゃないんだからと、やや大人びた顔で彼は言う。けれど元より童顔な彼は、二十歳を過ぎているはずなのに全くそうは見えなかった。
知っているはずのことを、再度彼の口から聞くとは思わなかった。確かに最初に惹かれたのは彼の方からで、俺は約二年間ほど彼に慕われていた。結局根負けしたのもあるが、一番はその純粋で一本筋の通った絶対的な信念が、俺が彼に惹かれた理由だったはずだ。慈郎の目は本気で、真剣で、とてもじゃないが直視できなかった。
口を噤んだ俺に、慈郎は言葉を続ける。

「…それでも、ゆうちゃんが無理って言うんなら…」

やや口ごもりながら、それでも言葉を続ける慈郎。侑士はぎゅっと目を瞑った。何だかんだ言っても、侑士はまだ、彼のことが―

「―ゆうちゃん、」

手をぎゅっと握って、決心したように慈郎は言った。




「結婚しよう」

一瞬、意味が分からなかった。

「…は?」
「だーかーら、ゆうちゃん結婚し「いやいやちょい待ち、ちょ、ちょっと待って意味が分からんのやけど、は?結婚?何で?」
「だって結婚すれば夫婦になってずっと一緒にいられるよ」

見えない糸でね、繋がってるんだよ。
だから結婚して夫婦になれば大丈夫なんだよ。

…こう言われて納得する人間っているだろうか。いや確かに男女であればある程度納得はするのだが、ちょっと本気で何言いたいのか分からない。というかいつまでたっても彼の思考回路はよく分からない。つまりどうしろと。現実的に言うなら戸籍上の場合養子縁組だが、彼が言いたいのは多分違う。だって彼「夫婦」ってはっきり言ったし。

「…つまり、自分が言いたいんは…?」
「俺はゆうちゃんを生涯愛することを神様の前で誓えるよ」
「そうじゃなくて…、」
「ずっと前から覚悟は出来てるよ。ゆうちゃんと一緒に生きてく覚悟をね」

だから別れないし離れないよ。心はいつだってそばにいるもの。

にこりといつもの笑みを浮かべた慈郎は、やはりいつもの調子でけろりと言ってのけた。







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