悪夢より危険なのは
「ええなぁじろちゃん。ホンマ天使みたいやわぁ」
何故か恍惚の笑みを浮かべてぎゅうぎゅうと俺を抱き締める忍足。お前ちょっと落ち着けよ頭大丈夫かとか思ったけれど口にはしない。
「やわらかくてふかふかやん。どっちかと言うとジローの方が枕やと思うで」
「俺は枕になりたい訳じゃないんだけど」
「ええ抱き枕やなぁ」
聞いてねぇし。でもまぁこういう風に甘えてくるなんて滅多にないから、背中に感じる忍足のぬくもりを今は満喫しておこう。それくらいの見返りは求めたって構わないはずだ。
「じろちゃん俺な、今物凄く眠いんや〜」
「寝れば良いじゃん」
「ん、そやな。じろちゃん枕にしてなら寝れると思うんよ」
「…つまり?」
「俺、2、3日くらい寝とらんのや。不眠症ってやつ?」
「…ふぅん」
「でも不思議やんなぁ。ジロー抱っこしとったら眠くなってきたー」
「…仕方ねぇな。特別にお前の枕になってやるよ」
「ホンマ?じゃあおやすみ〜」
「待て忍足、」
「何なん?」
「こっち向いて」
さっきからずっと喋っているのに、全く顔を見ていない。それがすごく気になって、俺はくるりと身体を180度反転させた。びく、と忍足の肩が震えたけれど気にしない。少し反応が遅れた忍足は、自分の顔を隠せなかった。―お前何て顔してんだよ、忍足。
「結構ひどい顔してるのな、」
「や、ジローあかんて」
「はいはい分かったからおやすみ、」
忍足の眼鏡をそっと外して、遠くへと追いやった後。俺は忍足の頭を自分の胸に押しつけて見えないようにした。どうこうするつもりなんかない。ただ、見たかっただけ。別に俺が何したいかなんて分からなくていいから、お前は何も考えずにただ眠れば良い。
「おやすみ、忍足」
寝息が聞こえたのはすぐで、ゆっくりと身体を動かして彼が眠っているのを確認してからそっと忍足の顔を見た。さっきよりも穏やかで、安心しきった顔に安堵する。
「…お前にとって一番危険なのは、案外近くにいるものだよ?」
するりと頬を撫でながらぽつりと呟いた言葉は、誰の耳にも入らなかった。