短編 | ナノ

花より慈郎

嗚呼やっぱり今年もまたやるのかと、忍足は一つ息をついた。花のある時に虫はあまりいないのだけれど、葉桜になると忍足の嫌いな虫が出てくるから、正直桜に良い想い出はない。まぁ、小説とか映画とかでモチーフとして扱われる桜は結構好きなのだけれど。

「ゆうちゃん見て見てー!!」

愛しい人は桜の木の下。きゃっきゃ言いながら散りゆく桜の花びらと戯れている。思わずデジカメのシャッターを押した。後で拡大コピーしようそうしよう。

「キレーだよね!ねっ!」
「そやなぁ…。ジローも可愛いし言うことなしやな」

くるくるの髪に落ちた花びらを取ってやりながら、ぽろり本音が出た。ジロー「?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべているので気付いていないのだろう。

「あ、そうだ!ゆうちゃん!」
「ん?何ー」

ばっさー。にっこにこの笑顔で、邪心など何一つ無く。一瞬視界がピンク色に染まった。そんなに花びら落ちとったっけ。

「ほら!ゆうちゃんかわいいよ!」

つまりジローは、可愛いと言った俺の言葉の意味をそう受け取ったらしい。可愛い=桜の花びらついてる、とかどんな思考回路やねん。

「自分の方が可愛いっちゅーねん…」
「えーゆうちゃんの方がかわいーよー!」

そう言ってぎゅっ、と桜まみれの俺を抱き締める慈郎がそれはもう可愛くて、これはもう花見どころの話やないなぁとそっと抱き返した。







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