短編 2 | ナノ

自己防衛反応

息をするたびに響く音。熱い吐息と上がる嬌声。淫らなそれに相手は悦んで、行為はさらに激しさを増す。次第に塗り潰されていく理性と思考回路。望んでいたのはきっと、ただの現実からの逃避に過ぎないのかも知れないけれど。

(単に痛みを快楽に変えるだけやとしても、それでも俺は、この行為を止めることはあらへんのやろうな、)

落ちていくのは目蓋か、それとも。


***


「顔色が悪い」

はっきりきっぱりとそう言われて、誤魔化すことが出来なくなった忍足はいつものようにへらりと笑った。逃げ道はない。彼はそんなもの、残してなどくれない。それを知っているからこそ、忍足は弁解することはしなかった。
忍足とは逆に眉間に皺を寄せて若干怒っているようにも見える男は、忍足の前に立ったまま動こうとはしない。意味は分かる。彼は優しい人なので、多分心配してくれているのだろう。けれど、レギュラーである忍足が自分の体調管理を怠っていることに苛立ちを感じてもいる。彼の中で感情が拮抗しているのだろう。身勝手ではあるが、大変やなぁと忍足は思った。そんなこと自分には、絶対に出来ない。やはり彼は成るべくして部の頂点に上りつめた男なのだ。器と度量が違う。
先に動いたのは彼の方だった。(忍足は動けないので、彼の方が先に動く事は当たり前ではあったが。)

「…何かあったのか、」
「ん?何にもあらへんけど。どないしたん急に」

氷帝の部長とあろう者が、こんなところでわざわざ油を売っている時間などあるのだろうか。気にしないでそっとしておいてくれればええのに。出来るだけ穏便に事が解決するように、いつものように柔和な笑みを崩すことなく。小学生の時もこうやって、乗り切ってきたなぁと思いつつ。

「…忍足」
「だから何やの?跡部急にどないしたん、」
「…お前は、



―何をそんなに怯えている?」

その一言にびくん、と身体が震えたのが分かった。やばい、コイツはあかん。理由は明白ではないけれど、衝動的に逃げたいと思った。逃げられないと分かっていても尚、この場から逃げ出したくてしょうがなかった。目の前の男は気が付いている。表面上には全く現れていないモノに、ただ一人気付いている。それが、とても怖くてたまらなかったから。

「…自分、急に何を言うとるの、おかしくなったんとちゃうか?」
「俺様には分かるんだよ。忍足、お前は―「跡部、」


もう、ええやろ。

はっきりとした言葉にはならなかったけれど。そう呟いた一言に、跡部は黙った。


***

なして分かったんやろう。誰にも気付かれた事なんかなかったのに。怖い。この男は、今俺の中で一番怖い。見透かされるんが一番怖くて、もう彼に会うことすら恐ろしくなった。逃げたらどうなるのだろうか。相手は学校の権力者だ。逃げ道はない。最初から知っていることではないか。ここに俺の逃げ道など、ありはしないことを。

震える身体をシャワーで温めても震えは止まらなかったから、逆に冷水をかけたらどうにかなるかと思って思い切り頭から水を被った。勿論効果など何一つ無く、俺の身体が異常に冷えただけだった。










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テーマ「人外ファンタジー」
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