長編小説 | ナノ


はじめての接触
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→side:Jiro

俺が忍足を好きだと思い始めたのはつい最近。ささやかな、他の奴だったらもう早くに忘れてしまうくらいにちょっとした出来事が原因だった。
今でも頭の中に残る、彼の低く優しい声。柔らかく微笑んだ表情。一目惚れなんてあるはずがないと、そんなもの漫画の世界にしかないと思っていたのに。


声を聞いただけで。笑った顔を見ただけで。俺は確かに、忍足を『好き』になった。





―そして、忍足を好きだと自覚したその日の夜に、俺は裁ち鋏を持った『忍足』に襲われる夢を見た。


***


何が起きたっていうんだ。俺が一体何をした。まだ二、三回くらいしか喋ったことねぇし、まともに会話したことすら無いんだぞ。それなのに何で、『忍足』に襲われる夢を見るんだ。出来れば違う意味の襲われ方をしたかった。裁ち鋏さえなければ、今晩のオカズに出来そうだったのに。まぁそこは置いといて。
夢の中の『忍足』は、えんじ色の着物を着て、右手に裁ち鋏なんか持って俺の前に現れた。そして無表情の顔の上に少しだけ苦しいのか哀しいのか分からない表情を乗せて、俺に襲いかかってきた。マジで俺死ぬかと思ったけど、『忍足』が狙っているのは俺の心臓とか首とかではなかった。

『忍足』が狙っているのは、赤い糸が結んである小指だった。

この時俺は夢の中で、これは夢だと悟った。普通に考えて、赤い糸なんて可視状態になる訳がないのだ。邪魔だし。その赤い糸目掛けて、『忍足』は俺に裁ち鋏を向ける。俺は必死でかわして、何とか糸を切られないように逃げた。だってこの赤い糸が、忍足に繋がってない保証がない訳ではないのだ。是が非でも切られたくはなかった。


俺は汗びっしょりの状態で目を覚ました。やっぱり夢だったと安心しつつ、それでもあまりに鮮明な夢に引き摺られながら、俺は布団から身を起こした。



side:Yushi←


夢を見た。男の子が独りぼっちで泣いている夢。俺はそんな男の子を見つけて、どないしたん?って話しかけるんやけど、男の子はおっきな目に涙溜めて、ぽろぽろと涙をこぼして泣いたまま。俺はそんな男の子をどうしてええんか分からんかったから、大丈夫やよー、とか、そんなに泣いたら目玉溶けてまうで、とか色々話しかけたりするんやけど、それでも男の子の涙は止まらんから、俺は困ってしもうて、


「そない泣かんといて、俺がここにおるから」


ぎゅう、と男の子の身体を抱き締めた。男の子の目から、溢れていた涙が止まった。



***


随分昔の話や。いつやったかな。確か俺が中学生ん時で、交通事故に遭った時やったと思う。と言ってもあんなんかすり傷程度の些細な事故やったけど、少しでも立っとった場所がずれてたら死んでたかも分からんかったんやって。後になってお医者さんから聞いたので最早他人事のようにしか話せへん。
別に生死の境をさまようとった訳やないんやけどな。あん時見た不思議な夢は、生でも死でもない場所やったと思うとる。だって真っ暗で何もなくって、そりゃあ誰だってそんなところに独りにされたら寂しくて泣きもするやろって感じやったからなぁ。だからあそこにおった男の子も泣いとったんやろうし。そう思えば納得の答えや。我ながらええこと言うたわ。
まぁそこらへんは話すと長くなるので、割愛することにする。そんでな、何が言いたいかと言うとやなぁ…。

『ゆうちゃん、早くしないとガッコーにおくれちゃうよ?』
「え?マジか!?教えてくれてありがとうな、じろちゃん」

あの日からずっと、俺はその男の子の霊(みたいなやつ)に憑かれとるっていう話や。



→何度も繰り返す輪廻。回転を始めた運命。二人が出会ったその瞬間に、歯車は音を立てて廻りはじめる。



 


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テーマ「人外ファンタジー」
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