長編小説 | ナノ


01 贈り物
11/12

宛先はあの男からだった。けれど、そこに書いてある住所が男のものだとは思わなかった。どうせ調べても、ヤツは見つからないのだろう。もしかすれば男の名を使った悪質なイタズラかもしれない。イタズラ、程度で済めば良いのだが。
それでも渡された妙にデカイ箱を、他の誰かに開けさせるつもりは毛頭無かった。少しくらいは期待しているのだ。あの男からの郵便物に対して。これで何かしょうもないものが入っていたら送り返してやる。期待半分苛立ち半分のやや落ち着かない気持ちでその箱を開けた。




―入っていた『モノ』に、俺は一瞬正気を失いそうになった。


***

開けた箱から出てきたのは、どっからどうみても『猫耳と尻尾のついた子供』だった。

まず、少なくとも日本の法律では人間は箱に入れて郵送してはいけない。人間じゃなくても、生きた動物の管理だって慎重に行うべきだ。郵送中に中に入っているものが死んでしまったらどうする。これはあの男だ。間違いない。あの男はたまに致命的に常識が無い。悪質なイタズラにしては度を越えているし、何より。

「…まじかよ、」

箱の内側にセロテープで貼り付けてあった紙に、「景ちゃんへ。この子を俺やと思って育てたってな^^☆」と馬鹿みたいに明るい蛍光イエロー(読みにくいことこの上ない)で書かれていたので、これは絶対にあの男の仕業である。筆跡もヤツのものに間違いない。何度か見たことがあるので流石に分かる。
さて、問題はどうするべきかだ。さっきから子供の尻尾がゆらゆら揺れているが、子供は一度も口を開けていない。つまり一言も声を発してない。明らかに警戒されている。当たり目だろうが。どのような経緯で俺の元に送られたのか、どうやってここまで郵送されたかは知らないが、普通ならば郵送される前に逮捕されてるだろ。子供がではなくあの男が。というか寧ろ逮捕してくれないだろうか。そうしたら一発殴れるのに。流石に警察のお縄にかかったら、何処へも逃げられないだろうし。保釈金でも何でも払ってやるから、もう一度。…もう一度…しっかりとした話がしたかった。

(…って、今は考え事してる場合じゃなかったな、)

まぁ、ヤツが生きている可能性があれば良いに越したことはない。明らかにチラシの裏に書いたであろう男の筆跡の残る紙を胸ポケットに入れて、とりあえず黒ぶちの目をあちらこちらへ彷徨わせている子供にゆっくり近付いた。一番最初に動いたのが頭についてる猫の耳だったので、感覚は猫に似ているのだろうかとふと思った。

「…おい、」
「、」

こくり、息を呑む音が響く。緊張しているのだろうか。顔が此方を向いたと同時に、かちゃん、と金属が擦れる音がした。見るとどうやら子供の首にドックタグが掛けられていて、二枚あるそれが音を立てたのだと分かった。気になったので手を伸ばす。子供は特に抵抗しなかった。大体ドックタグに書かれているのは自身の名前と住所である。一つはバーコードだったので後で調べさせるとして、もう一つは焼印で『Y-4』と書かれていた。多分、これが名前だろう。さて、何と呼ぶのか。

「Yの4…?」
「、あ、」
「ん?」
「……ゆ、し」
「うん?」


「…ユーシ、って。『センセイ』が、つけてくれてん。なまえ、」

たどたどしい口調で。子供は名を名乗った。途端にフラッシュバックした過去の記憶が甦る。最初の記憶。あの男と出会った時、手を差し出してヤツが言った言葉を。


『初めまして、忍足侑士言いますねん。よろしゅうな、景ちゃん』


目の前の子供は、突然頭を抱えた俺を心配するように寄り添う。あの時感じた違和感が、今やっとピースが揃ったように頭の中で結論を出した。来世や生まれ変わりを信じるか否か、俺に聞いたその理由は全部この日の為に。

「、どないしたん?あたま、いたいの?」
「…大丈夫だ、心配しなくていい…」
「でも、」
「良いからお前は何も心配すんじゃねぇ、ユーシ」

強引に、子供を抱き締めた。加減の無い強い力で抱いたからか子供が息苦しそうにしているのが分かったが、それに気が回せる程今の俺は余裕が無かった。侑士とユーシ。直筆の紙に書かれていた、『この子を俺やと思って育てて欲しい』という文章。目頭が熱くなって、もう子供に見せられるような顔をしていないだろうことは容易に分かったので逃げられないようにぎゅっと抱き締めた。

「…ないとるん?」
「…、」
「かなしい、ん?」
「…、」
「…どないしよ、わからへん。ごめんね、」
「…お前のせいじゃない、謝るな」
「…あ、でも…、」
「……跡部景吾、」
「うん?」
「名前だ。好きに呼べ」
「…うん、じゃあ………けーご、って、よんでもええ?」
「あぁ。構わない」
「じゃあけーご、」
「あぁ」
「いっこ、いわなあかんことあるんやけど、いうてもええ?」
「あぁ」


「おれは、けーごといっしょにおってもええのん?」

回された腕に力がこもる。無理強いをするつもりはなかったのだろう。ヤツは俺が本気で嫌がったら、多分この子供を無理に育ててもらうつもりはなかったのだ。だから子供はこう口にした。俺はその言葉を返すことで、まるで契約証を書いたように全てが決まる。男が望んだのは、自身ではなくこの子供の先にあると信じて。

「ユーシ、」
「…うん、」
「今からお前の親はこの俺様だ。分かったな」
「……えっと、それって…」
「俺から離れたら承知しねぇぞ」
「、う、うん!わかった!ありがとうな、けーご!」

ぎゅう、と今度は子供―ユーシの方から抱き締めて来た。まだ熱の引かない顔を見せるのはあまり好ましくはなかったが、それでもきっと喜んでいるであろう顔が見たくて抱き締めたまま顔を向けると、子供特有の無邪気な笑顔で尻尾を揺らしながら幸せそうに笑っていた。





 


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -