長編小説 | ナノ


00 忘却と喪失
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『なぁ景ちゃん。来世って信じる?』

仮面のように瞬時に笑顔を作れる男は、にたり微笑みながら俺に尋ねた。女のような呼び名はずっと前に出会った時からで、何度も苛立って叱りもしたのだが結局一度もそれが改善されることはなかったのでもう諦めている。俺の反応が見たいのだろう、一瞬たりとも目線を逸らすことはしない。

『…興味ねぇな、』
『さよか。じゃあ生まれ変わりは?』
『…興味ねぇ。っつーか何でいきなりそんな質問するんだお前は』

いつだって男の疑問は唐突で、今までだって突然今みたいに訳の分からない質問を投げられたことはある。人類の起源とか。俺に聞いても答えが出るはずもない質問ばかりするので何がしたいのか全くもってさっぱり分からない。知りたいと思ったことはあまり無いが。

『だって、気になったから。景ちゃんにとって俺はどんな存在なんやろう、って』
『はぁ?急に気持ち悪いことを言うんじゃねぇ』
『これでも本気やで?もしも俺が景ちゃんの前から姿を消しても、景ちゃんは俺のこと覚えとってくれるやろかって』
『はっ…お前がそれを言うか?』

男が俺の前に姿を現すのは唐突だ。会いたいと思う時は特に無いが、ヤツは大体俺が忙しい時にわざわざ現れてふらりと姿を消すのだ。勝手極まりない。

『うーん、何て言えばええんかなぁ…今やから、かな?』
『はぁ?』
『…景ちゃん。もし俺がいなくなっても、景ちゃんだけは俺のこと忘れんといてな?それだけでええわ、もう。』
『おいちょっと待て。何が言いたいのかさっぱり…』
『二、三年かぁ…中々楽しかったで。景ちゃんに出会えてホンマに良かった。ありがとうな』
『人の話を聞け、おい忍足!』

何を勝手に自己完結しているんだ。俺にもちゃんと説明をしろ。言葉よりも先に身体が動き、部屋から退出しようとした男の腕を強い力で掴んだ。途端に、違和感に気付いて動きが止まった。

『…忍足、』
『…堪忍なぁ景ちゃん。俺そろそろ時間やから行かなあかんねん』
『…お前いつからこんなに細く…』
『…、』

男はいついかなる時でも白衣を羽織って現れた。暑い時はたまに脱ぐことはあったものの、基本はその白衣を脱ぐ事はなかった。特に、ここ最近は一度も脱いではいなかった。それはもしかして、この異常なまでに細くなった腕を隠す為か。会った時から伸びた髪が顎のラインや首を隠す為、表面上は何も気付かなかった異常に、今になって気付くなんて。よく見れば確かに腰回りも細い気がする。何故今まで気付かなかったのか。それは男があまりにも、不定期に俺の元を訪れて散々俺の感情だけを荒らして帰るからだ。そう今だって。

『なぁ景ちゃん、』
『、何だよ、』
『やっぱり忘れて。景ちゃんに泣いて欲しくて言うた訳やないねん』
『泣いてなんかねぇよ、』
『…ほっか。じゃあ忘れて。俺がこのドアから出ていったら、俺のことなんて全部忘れてしまって』
『…出来ると思うか、』
『きっと景ちゃんになら出来るわ。そうええ思い出でもないやろうし』
『良い思い出じゃないからって、残らないとは限らないだろうが』
『ううん、大丈夫。きっとすぐに忘れられるから、』

一度も振り返ることをしなかった男が、最後に一度振り返る。濡れた俺の頬に触れて、確かめるように目尻に溜まった涙に口付けて舐め取った。まるで子供をあやす母親のように。

『ありがとうな。それじゃあ、さようなら。』

今まで一度たりとも別れの言葉など使わなかった男は、惜別の言葉を残していなくなった。頬に触れた手には体温にしてはいささか冷たかったので、俺の中に残ったのは目尻に触れた唇の感触とぬるい温度だけだった。




 


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