長編小説 | ナノ


求める人、信じる人
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それまでおれは、『ゆうちゃん』に逢えばいつか幸せになれるんだって信じてて、どれだけ別離を繰り返そうともいつか、そういつかの未来には幸せになれると思っていた。それが、簡単に、あっけなく、ばらばらに壊れたの。


他の誰でもない、『ゆうちゃん』の手によって。



***

『ゆうちゃん』に出逢ったのは、紫陽花の咲いている日本庭園みたいな場所だった。雨の中赤い和傘を差して、『ゆうちゃん』は佇んでいた。それがはじまり。(今考えると最初に逢った時もそんなような場所だったなぁ。確かゆうちゃんちの大きなお庭だった。)
おれは『ゆうちゃん』と目が合った瞬間に恋に落ちた。いつもと同じように。そして『ゆうちゃん』も、おれを見てふわり微笑んだ。おれは『ゆうちゃん』じゃないから分からないけど、きっと『ゆうちゃん』も同じだったと信じているよ。だって嬉しそうだったから。

雨が降っていたからかな、周りはすごく静かで、おれはちょっとだけ声を出すのが憚られたけど、覚悟を決めて呼びかけた。ねぇ、とか、あの、とか、ホントは名前知ってるんだけど(いつだって互いの名前は変わらないから)わざとそれは最初に言わなかった。言って「どちらさん?」って言われるのが怖かったから。(だっておんなじ顔でおんなじ声なんだもん。そう言われたらかなしいよ、)
ぽつりぽつりとおはなしをした。自己紹介とか、色々。やっぱり『ゆうちゃん』は忍足侑士で、眼鏡は伊達だった。(たまに眼鏡無かったり本当に眼鏡必要だったりしてたけど)「何で雨の日にこんな場所にいるの?」って聞いたら、「紫陽花が綺麗やったから、つい」とはにかんだ笑顔を見せてくれた。幸せそうな、歯痒そうな表情が、おれの胸をどきどきさせた。きゅう、と苦しくもなった。けれどツライとは決して思わなかった。だって『ゆうちゃん』が生きているから。目の前で、息をして、笑っているから。それだけでおれは幸せだから。
どうしてもおれは『ゆうちゃん』と一緒にいたくて、でも『ゆうちゃん』には『ゆうちゃん』の時間があるからずっとは無理で、おれはすっごく慌てながら次に逢う約束を取り付けた。そうでもしないと二度と逢えないかもしれないと思ったから。おれがあまりに必死だったからか、『ゆうちゃん』は「ええよ、」って笑ってくれた。この時おれは『ゆうちゃん』が記憶を持っていないことに気付いたけど、それでも構わないと思った。おれが持っている記憶と、『ゆうちゃん』が持っている記憶が違うのは知っているから。(もしかしたら嫌な記憶とかもあるかも知れないし。)



次の次か。変化があったのは。それはあまりに唐突過ぎて、おれは最初全く意味が分からなかった。


「―ゆう、ちゃん?」
「あぁ慈郎、久しぶり」

『ゆうちゃん』は綺麗に笑った。でも、最初に逢った時の様な優しい笑みではなかった。『ゆうちゃん』の顔からは、表情がごっそりと抜け落ちていた。

「…なぁ、慈郎」
「ゆ、ゆうちゃん?どうしたの、」
「気付いてしもたんよ。あかんなぁ。俺、ホンマはずっと自分と一緒におりたかったんやけど、」
「え?何、どうしたのゆうちゃん、」
「簡単なことやと、ただ一緒におるくらいなら許されるかなぁって思っとったんやけど、あかんみたいやね。それすらも許されんみたいやねん。せやから、もう方法は一つしかあれへんのや」
「意味が分かんないよ、ねぇゆうちゃん、分かるように説明してよ、」
「うん?そうやね、またおんなじこと繰り返したらあかんしね。ええよ、教えたるわ。あんなぁ慈郎、この輪廻はな、『俺』と『自分』はどんだけ頑張ったって幸せにはなれへんねん。何でかと言うとな、二人一緒におるとどっちかが『死ぬ』からや。俺はええよ。でもな、慈郎はあかん。死んだらあかんねん。俺なんかの為に」
「そんなの…分かんないじゃない。いつか人間は死ぬんだよ?それは仕方ないことでしょう?だから、それは…」
「違うねん。慈郎は何も知らんやろうけど、俺は知っとる。“慈郎が死ぬのをずっと見てきた”俺は知っとるんや。“俺のせいで慈郎は命を落とす”ことをな」



『ゆうちゃん』の目には、もうおれは映っていない。ただあるのは、絶望が灯った暗い瞳。



「なぁ慈郎。俺が悪かったんや。俺があの時願ったから、だから慈郎は俺に引き寄せられとるだけなんや。俺のせいで、慈郎は俺を、俺は、俺は…」
「ゆうちゃん、違うの、おれは…」
「ありがとう。幸せやった。少しの間だけでも、俺は自分に逢えて幸せやったから…、」
「、ゆうちゃん?」









「自分は一秒でも長く生きて、他の人と幸せになりなさい、」



そして『ゆうちゃん』は、(あの時と同じように、)首筋に刃を突き立てて、


「ゆうちゃん!!!」

手を伸ばした途端、真っ赤な血が周囲に飛び散って、おれの手にも生温かいそれが触れた。



***

分かったのは、おれは一回も『ゆうちゃん』が死ぬところを見ていないということ。そして、『ゆうちゃん』は逆に、俺が死ぬところを何度も見続けていたこと。鮮血に染まった『ゆうちゃん』を呆然と見つめながら、おれはぼんやりと『ゆうちゃん』を殺した血塗れの刃物を見ている。応急処置の方法なんて知らなかった。救急車を呼ぶ方法も、何もかも頭の中から消失して、今頭の中にあるのはたった一つ。


―ごめんね、ゆうちゃん。おれ、ゆうちゃんのお願い聞けそうにないや。だってゆうちゃんのいない世界に、もう一秒だって長く生きたくはないの。ごめんね。ゆうちゃんがいないと、意味なんてないの。だからね。


ぴたりと刃を宛がった。ゆうちゃんと同じ場所ならきっと、ゆうちゃんと同じように逝けると信じて。はじめて自分の身体を傷付けようと思ったから、手ががくがくしてるけど。でも未練があるわけじゃないの。ゆうちゃんがいない世界に、未練なんてないから。


目を閉じる。いかなくちゃ。ゆうちゃんとおなじ場所にいって、ゆうちゃんに言わなければいけないことがあるの。

そのためなら何でも金繰り捨てて、ゆうちゃんの元へいくから。待っていて、おれはいつでも『ゆうちゃん』にあいにいくよ。


→男の絶望。そして希望。いつだって何度だって、『おれ』は『きみ』の元へと。



 


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