抑制に魘され
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いつものように鍛錬に勤しむ兵達を眺めながら、夏侯惇は珍しく薄曇りの空に眉を顰めていた。気まぐれな天気に一喜一憂するつもりも無いが、冷たい風が何度も行き交い土の匂いを運んでくる。
兵達の命を預かる身として、突然雨に降られでもしたらと思うと気が気でないのだ。

「夏侯将軍っ嵐が来るかもしれません」

不安気な表情で駆けて来る姿を横目に、夏侯惇は神妙な面持ちで頷いた。
暫くして、鍛錬を切り上げ兵達を見送った二人は一層強く吹く風にお互いの顔を見合わせる。

「大嵐かもしれませんね…建物の倒壊に気を付けないと…」

「あ、あぁ…そうだな。お前は淵と見回りだ」

あの日の白肌を思い出し、慌てて視線を逸らした。あれからどう足掻いてみても、記憶を掻き消す事は出来なかった。むしろ日増しに募って行くばかり。まともに顔を見れなくなった事で、名前を夏侯淵に任せる事も増えた。
それで己の感情を抑えられるのなら、と夏侯惇は灰色に染まって行く空を見上げる。

「夏侯将軍…あの…私に何か失礼でもありましたか?」

躊躇いがちに様子を伺う名前の視線がちりちりと気になった。ただ首を横に振るだけの返事をして、その小ささに背を向ける。
慌てた息遣いを感じながらも、夏侯惇は無情にもゆっくりと歩み始める。

「夏侯将軍っ!待って下さいっ」

ぴっと突っ張る衣服に、名前がそれを掴んで居ると気付き夏侯惇の足が止まる。

「…なんだ、お前の用は済んだ筈だが」

「済んだんですが…済んで無いような気がするのです」

最近、夏侯将軍との仕事が減りました。顔を合わせ無い日ばかりです。夏侯将軍に副将に引き上げて貰ったのに、それはどうなんでしょうか。
沈んだ声音が、背中に突き刺さる。こんな声を今迄耳にした事があっただろうか。夏侯惇は伏せ目に視線を落とし、後ろ手で名前の手を掴んだ。

「お前は良くやってる…お前を副将にした俺の目に間違いは無かった」

突き放された手が虚空を掴む。それ以上の追求が出来なくて、名前は離れて行く背中を見つめる事しか出来なかった。
強く揺れた前髪を抑えて、込み上げてくる切なさを飲み込む。

いつもの様に副将にしたのは間違いだったと、何故言ってくれないのか。今現在の仕事ぶりを見れば間違いだったと言われてもおかしく無いと言うのに。

「どうして、どうしてですか…夏侯将軍」

空が一瞬光り、大きな雷と共に大粒の雨が降り出した。次第に濡れて行く土の様子を眺めながら、名前は切なそうに肩を落とし荒れて行く空に己の感情を重ねた。

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