血色に囚われ
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暖かい陽気の中、風に髪を流して未だ痛む腕を優しく包み込んだ。脈打つように痛みの波が何度も押し寄せる。
鍛錬とは言え気を抜いてしまった結果がこれである。只でさえいつも気を付けろと注意されてる中で怪我をしたと知られたら。名前は背筋に冷たいものが走る感覚に息を飲んだ。

見つかる前に戻ろう、そう思って歩き出した瞬間。背後に人の気配を感じる。その空気になかなか動く事が出来ない。まるで拘束されてるかのようだ。

「鍛錬を抜け出してどこに行く」

「その、声は…」

低く体に響く声に思わず名前の体が震えた。暫くして恐る恐る振り向いた先に、腕を組み不機嫌そうにこちらを見下ろす夏侯惇の姿があった。
さり気なく夏侯惇に歩み寄って小さく頭を下げる。

「少し疲れて休んでました…もう戻る所です、すみません」

この程度の鍛錬で情けない、そう言いたそうな顔で溜息を吐く夏侯惇。

夏侯惇の言いたい事は承知している、その程度で疲れたと言って居たら下の者に示しがつかない事も。だからこっそり抜け出して来たのだ、誰にも知られないように。
だがそんな様子とは裏腹に夏侯惇は名前の腕をじっと見つめて居た。

「言っておくが、俺はお前より戦の経験を積んでいる」

血の匂いに気付かないとでも思ったか。
拳で頭をごつりと殴られて名前は再び謝罪の言葉を口にした。そして、袖で隠された腕をまくりながら夏侯惇はその場に名前を座らせる。

戸惑いに声を上げる様子など気にせず、乱雑に巻かれた布を剥ぎ取った。

「誰にやられた…」

「鍛錬の最中に誰の刃かなんて考えてませんよ…気付いたら」

真っ白な腕に伸びた赤い一本の線は夏侯惇が思ってた以上に深い傷だった。出血は無いが痛々しくその肉を晒して居る。太い指先で触れると名前の顔が痛みに歪んだ。

「だからいつも気を付けろと言っているだろう、お前は馬鹿か」

「故郷の家族を思うと、つい夢中になってしまって」

「仮にもお前は女だ、無茶をしたらどうなるかぐらい考えろ」

傷薬を塗って貰いながら名前は行き場の無い悔しさに視線を落とす。
どんなに努力しても力を付けても、男には勝つ事は出来ない。だからと言って戦いに出る以上、男に負けるようでは食っては行けない。激しい劣等感が名前の心を食い千切る。

「私だって、負けたくありません…それに」

いつも女らしい事を怒ってるのに、こう言う時に女扱いするのはずるいです。
そんな言葉に夏侯惇は己の中にある矛盾に悪態をつく。見抜かれたく無い物を見抜かれたようで、思わず布を巻き直す手に力が入った。

「いたたたっ夏侯将軍!痛いですっ」

「当たり前だ、痛くしてるんだからな」

強く布を巻き終わると雑に袖を直し軽く叩いてやった。いつも危なっかしい様子の名前がまともそうに話す様子が何とも悔しい。
眉間に寄った皺が更に深く刻まれて居た。

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