焦燥に落され
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筆を走らせる体が、降り出した雨にぴくりと反応する。雨か、と静かに呟いた低い声が部屋に木霊す。

「夏侯淵殿っななな、何を…何を申されますか!」

その頃、名前は混乱と戸惑いにその心を乱されていた。真剣な瞳はどこか優しさを映し、いつも目にして居た夏侯淵の姿はどこにも無い。それが何よりも名前を煽る。
どうか、これが夢であって欲しいと願いながらも掻き乱される心は悲鳴を上げて居た。

「何って…お前、そりゃあ分かるだろ」

「わわわわ、私は…私は…」

今まで只管家族の為に生きてきた名前にとって、それはとても耐え難いものだった。こんなに優しい声を名前は知らない。高揚して行く頬がとても熱く、今どんな顔をして居るのか考えただけでも息が詰まる。好いて貰う事に悪い気はしないものの、どこか胸の奥で拒否反応を起こしている事は確かだった。
嫌な汗が額にじわりと浮かぶ中、逸らせない視線に名前の体が小さく震えた。

ぽつぽつと静かに降り出した雨は雨脚を強くして、二人の耳にもそれが届く。夏侯淵は音を追う様に視線を流し、漸く解放された小さな体はゆっくりと息を吐く。


「俺とした事が…どうかしてるな」

低く吐き出した言葉は、雨音に掻き消された。湿った空気を裂く様に踏み出された足は迷うこと無く進み始める。

焦る気持ちは、熱っぽく体を火照らせて喉を締め付け呼吸が儘ならない。救援を要する気持ちは足掻くように暴れて居る、雨がどうにかしてくれたならと名前は叶わぬ願いに瞼を下ろし、跳ねる胸を落ち着かせていた。

「な?どうなんだ?そりゃ…今すぐ答えを出せなんて言わねぇけどよ」

鼓膜を揺らす言葉に重い瞼を上げると、雨音に混ざって火照った体を汗が伝った。色恋沙汰に一度でも身を投じて居れば、対処の仕方も分かったものの。それを知らない名前は経験の無さを呪うしかない。
どうしたもんかと言葉を選んで居ると、こちらを見つめて居た夏侯淵は入り口に振り返る。

「名前は居るか」

荒々しく開かれた扉の先に、眉間に皺を寄せた夏侯惇が仁王立ちしている。その瞬間、冷たい外気が侵入して名前の火照った体を休ませてくれた。
久しぶりの夏侯惇の姿に名前の体は震える。恐れからでは無く確実な安堵から震えた息を吐き出すと、戸惑いに掻き乱された心が次第に落ち着きを取り戻して行くようだ。

「おっやっと来たな惇兄、世話かけやがって…じゃっ俺は退散するぜ」

わざとらしく欠伸をしながら夏侯淵は満面の笑みを浮かべ部屋を出て行く。すれ違い様、お互いに視線を交える二つの横顔はどこか満足そうで優しさに満ちて居た。二人の間に名前の知らぬ何かがあったのだろう、お互いの距離が開いた後にも夏侯惇の表情はどこか明るく映った。


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