耳鳴りのような雨音
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狡兎様より拝借
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広い庭先を眺めると、ざあざあと降りしきる雨の雫が土を削って居た。弾けた水滴が気体になり辺りの空気は生暖かく、どこか気持ちが悪い。そんな中、黒髪を櫛でとかしながら名前は退屈そうな主を見つめた。

「雨、ですね」

「そうじゃな」

会話は雨の音色に途切れた。

側室とは言え夫の髪をとかせる役割を頂けた名前は何故こんな雨の日に、と心で悪態をついた。せっかくの貴重な機会がこの雨の粒で台無しになってしまったではないか。
誰にも邪魔されない一時なのに。

名前は小さく息を吐きながら黒髪を指先でそっと撫でた。

「そう切ながるでない、雨が降ったとて髪は結える」

「そう…ですが」

二人の時間を雨に邪魔された、名前はそれが納得出来ないのだ。漸くお声が掛かったと言うのに、こんな天気では気持ちこそ滅入ると言う物ではないか。背後に控え、お互いの顔が見えないのを良い事に名前は大変不機嫌な表情を浮かべていた。
とは言え、何度も友に協力して貰い練習した髪結いの手際だけは狂わさないように慎重に。緩やかに流れる手は曹操の髪の上で一曲舞うかのようだった。

「そなたの手は心地が良いな」

「有難きお言葉…更に精進します」


とは言うものの、愛すべき夫に誉められれば流石の名前の機嫌もちゃっかり良くなる。人の気持ちなどそんな物、簡単にころころ天気のように気紛れだ。
気分を良くした名前は、鼻歌を歌いながらしなやかな髪を結い上げて行く。

そんな様子に曹操は気付かれないように笑った。


「機嫌が直ったようだな」

「私の全ては我が君のものですから」

弾む声色はまるで土の上で弾ける水滴のようだった。それだけで、この淀んだ景色も楽しげに見えてくる。名前の鼻歌はそれだけ辺りを明るく見せる力がある。
この癒やしを存分に味わう為に、わざわざ何日も何日も日を空けて声を掛けた。待ちに待ったそれは疲れを一瞬にして溶かして行く。

しかし、少々待たせ過ぎただろうか。それ程時間の掛からない髪結いだが、名前は縋るように結い掛けては解きまた櫛を通した。可愛らしいが長々椅子に座り続けるのも飽きてきた。
曹操が名前の手に触れて早くと催促すると、背後からそれはもう悲しげな溜め息がするのであった。


「髪結いが終わったら、この耳障りな雨がやむまで…そなたの歌を聴きたい」

「っはい!喜んでっ」

名前は他の側室の女達とは違い、地位を上げる為に媚びを売るような真似はしない。呼ばれなければ静かに、呼ばれたら笑顔で。その口から更に時間を欲する我が儘は出て来ない。曹操の求めるがまま。
だからこそいじめたくなるのだが、今日はいつも以上に可愛がろうと心に誓った曹操なのであった。


耳鳴りのような雨音

(…たまには我が儘を言っても良いのだぞ)
(名前はずーっと我が君のお側に居たい)


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