絡まる糸はハートを作った
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狡兎様より拝借
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夜明けは必ずやって来ると、先人の言葉にあるが。戦場の真ん中で迎える夜明けは、まだ明けて居ないのでは?と錯覚した。体中に纏わりつく気だるさと、生温い空気に泥の匂い。熱い息を吐きながら、待機していた草場から体を起こすとまだ兵達は静かに寝息を吐いていた。この安息も一時、そう思えばもう暫く眠らせてあげたいと思い、名前は槍を持ち静かに近くの水場へ向かう。

飲み水にしては汚く、浴びるにしては綺麗すぎる。そんな水面で、名前は映り込む自身をじっと見つめる。疲れきった顔、頬には泥を付けたまま、まだ眠そうな瞳。

「…流石に気が滅入るな」

普段からめかし込んでる訳では無いが、この姿は流石に堪えるものがあった。


「何だ、疲れたのか?」

背後から聞こえて来た仲間の声に、名前はせめて顔だけでもと慌てて水を掬い顔をこすった。
水滴が跳ねる微かな音色が、さっぱりした肌を物語るようだ。

「大丈夫か?」

そう言いながら隣に腰を落ち着けたのは姜維だった。姜維も笑顔を浮かべては居るものの、その表情は完璧な物では無い。
名前は困ったように笑いながら頬に付いた泥を拭ってやる。戦い付いた泥とは言え、その姿はどこか少年の面影を感じさせた。

「もう少し休んだら?疲れてるみたい」

「名前に心配されるとは、私もまだまだだな」

名前が覗き込むように下から見上げると、慌てた様子で姜維は両手で制止する。そして小さく感謝を述べた。
麒麟児と呼ばれ若き才で戦に挑んでいようとも、所詮は人間。生きている限り疲れは付きまとうものだ。

「私はもう充分休んだ、それよりも…本当に大丈夫なのか?」

女だからか他の人にも良くそんな言葉を掛けて貰うが、性別に甘えた事は無い。同じ場所で戦い、同じ鍛錬をし、何とか付いて来たつもりだ。
だが、この体の不快感に目を瞑れないのは女としての何かが主張しているのかもしれない。
苦笑いを浮かべた名前は、指先の泥を水で洗い流しながら頷いた。

「皆と同じ鍛錬をして来たんだから、これ位平気」

「…ならば、せめて」

そう言い、腰を上げた姜維は水場の傍らに咲く小さな花を静かに摘む。小さな花びらは薄黄色く、名も無き野花とは言え実に可愛らしいものだ。
近づく姜維を見上げていると、ふと無造作に結った髪にその花が淑やかに咲いた。


「何故だろうな…名前、お前に戦場は似合わない」

この花のように穏やかに咲いて居るのが似合う。かと言って、お前の力に頼らざるを得ないのが申し訳無い。

優しく、そして、悲しく。そんな表情を浮かべた姿に、名前がそっと手を伸ばすと鍛錬で痛んだごつい指先が絡んだ。
太さも大きさも違う手先が、お互いの温度を揃えるように繋がっていた。

「乱世に生まれた事で、辛い想いもする…でも何だかんだ楽しんでるよ」


そう口にすると絡んだ指先に力がきゅっと込められた。姜維の背から昇りきった朝日を見て、漸く長い夜が明けた気がした。


絡まる糸はハートを作った

(そう言えば…)
(いつ手を離したら良いのか)


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