ママには言えない - - - クロエ様 - - - - 外からの日差しが僅かに差し込む場所で、ようやくまともに呼吸が出来たのは関興の唇から解放されてからだった。 目と鼻の先に関興の顔が見える。あまりに近過ぎて視線が交わらないのが唯一の救いかもしれない。 お互いの呼吸を感じながら、しんと静まり返った場所で私達は初めて接吻などという行為をした。 本来なら、取り壊す建物から荷物を運ぶ仕事をしているはずだったのに。 「どこも痛くないだろうか…」 そう私達は荷物を運んでる最中、倒壊した建物の中に閉じ込められてしまったのだ。奇跡的に擦り傷程度で済んだから良かった物の、自力で抜け出すのは難しいだろう。帰宅が遅いのに気付いて貰えるまで、この静寂は継続しそうである。 「痛く、ないよ。どこも痛くない」 良かった、そう呟いて関興は再び名前の口を塞いでしまった。 羞恥心が無いと言えば嘘になるが、それ以上に普段から自分の感情をあまり表に出さない関興が自ら行動した驚きの方が強い。 埃っぽい空気の中、時が止まってしまったのかと錯覚する程静かだった。限られた空間で動き回れる程の余裕も無い窮屈なこの場所で、どれ位耐えられるだろうか。 これ以上崩れて来たら、今度こそ命が危険に晒されるのではと不安の波が押し寄せてくると名前の体は小さく震えた。 「…すまない、怖がらせてしまったようだ」 「違うの…関興は、怖くない」 寧ろ触れ合っていると、それだけで全て安泰に済みそうな気がしてくるくらいだ。名前は関興の瞳をじっと見つめながら困った様に笑って見せる。 瞳に映るのは自身の黒目だろうか、反射してそれは輝いているようだ。鼻先で触れながら、それを綺麗だとぼんやり考えた。 息が混ざり合う。 まるで関興の柔和な空気に閉じ込められてしまったようだ。それは檻のように非情では無く、穏和な幸福のような。どこか、多幸感に満ち溢れてる気がした。 「恋人同士はこんな風に口付けるのかな」 「そうだと思う、私は名前とずっとこうしてい居たい」 穏やかに言葉を紡ぎながら、関興は名前の柔らかい髪に顔を埋めた。鼻腔を付く名前の匂い。こんなに優しく陽だまりの様な匂いがするのは彼女だけの様な気がしている。全ての不安も悲しみも苦しみも打ち消してくれるような優しさ。触れ合う度に命が震えた。 ママには言えない (誰か来てくれたみたいだな) (残念?) (あぁ、とても残念だ) ← | → |