真夜中のタナトス
- - -
水葬様より拝借
- - - -

片足を引き摺りながら何とか森の中まで逃げて来た体は、何処も彼処も血と泥で汚れてしまっている。灯りも持たないが、周りがどんな状況なのか噎せ返る匂いで察する事が出来た。
酷い戦況だと思う。蜀軍の侵攻は名前が思ってた以上に激しく強圧なものだった。

一瞬視界が左右に揺れると、遂に体を支えられず地面に倒れこんでしまう。その衝撃が身体中に痛みを走らせた。
月明かりがぼんやり照らす草間には、既に息絶えた姿が転がっている。

曹操様。名前が掠れた声で呟くと、すぐ近くで何者かの気配がした。戦の喧騒も落ち着かぬ森に動物は近寄らない、だとすると。

「私の…首を追いかけて来たの?」

自嘲気味に小さく笑いながら名前はその気配に言葉を投げる。地面に転がった言葉を拾うその者は、幹の影からゆっくりと姿を表した。その体には名前同様幾つもの傷が。

「軍神の子…関安国、敵なら手加減は」

しない。
手負いながらその言葉はひやりと鋭利なものだった。
軍神の子、それを聞いて名前は最後の力を振り絞り腕に力を込めるとボロボロの体を地面から解放した。

「それはそれは…手合わせしたい所だけど、獲物を失ってしまったの」

月明かりに照らされた名前の瞳が妖艶に輝く。これ程までに体は傷付いて居ると言うのに、その身に宿った将としての本能がそう見せるのか。関興は目を奪われてしまう。
視線を逸らしたら最後のような気がしたのだ。

「私は苗字名前…獲物は無いけど、最後位遊んであげるっ」

汚れた両手が関興の首に巻きついて来た。だがその恐怖も束の間で、その細腕はしがみ付いてる程度の力しか無い。
これ以上の苦しみは敵と言えど非情過ぎるような気がした。関興は武器を手放すと、名前の肩にそっと手を添える。

もう辞めた方が良い、そう言いかけた瞬間。関興の肩に激しい痛みが生まれた。
武器を手放した事を後悔しなかったのは、自身が持ち得る武器に気付いたから。

薄暗い闇、戦の喧騒からはみ出した森の中抱き締め合いお互い歯を立てた。痛みに小さく声を漏らしながら。

もっと遊んであげたいけど、今日はここまで。暫くして掠れた声が関興の耳を擽った。だらりと天を仰いだ体は微かに命を繋ぎとめて居る様だが心許ない様子は明らかだ。
ゆっくりと草間にその体を寝かせると、関興も力無くそこに体を転がした。

噎せ返る血の匂いと、微かに香る女の香り。
月はそんな二人を照らしていた。

真夜中のタナトス

(魏軍は撤退したらしい)
(だから何?…また遊んであげようか)


|

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -