千の星
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真っ暗な漆黒の空には、数え切れない程の星が浮かんでいる。そして、それを統べるが如くぷっかりと浮かんだ月はあんまりにも物悲しく感じた。手を伸ばせば、掴めるかも知れない掴めないかも知れない。
だとしても、己の信じた物だけはどんなに遠くても掴んでみせるとするのが人。

実に面倒な生き物だと思いながらも、自然とそうなってしまうのは何故だろう。最早それこそ本能の中にある一部なのかもしれない。暫し考えた後、大きな溜息を吐き出すと宴会も終わり皆が雑魚寝をする中むくりと起き上がった慶次が楽しげにこちらを見遣った。


「何だ、まだそこに居たのかい?」


「左近の鼾が煩くて寝るに寝れない…」


そもそも男所帯の中寝ようとするなんて、無防備にも程がある。慶次は困ったように小さく笑った。確かに言われて見れば左近の鼾は誰にも負けない。
隙間の開いた障子の先を見つめていた小さな背中は、夜風の冷たさに身を震わせる事も無く月明かりに照らされていた。今夜は満月なのだろうか、その明かりが自棄に眩しい。昼間太陽が昇る間には見る事が出来ない幻想的な光景は、障子の和紙を通しても随分と感じられる。重い腰を上げて今ほど声を交わした相手に歩みよれば、眠そうな眼と視線がぶつかる。


「眠そうだねぇ…何なら膝を貸そうか」


冗談のつもりで胡坐をかいた膝を叩いてみる。


「良いの?」


「これで左近の鼾を気にせず、名前が寝れるならねぇ」


満更でもない様子で名前が一瞬ふわりと笑った気がした。
小さな体の体制を整えながら、揃えた両足を遠慮無く慶次の胡坐の上にどっかりと置く。その様子を見て笑ってしまうのを後一歩の所で止めた。

普通なら頭を寄越す所を、この女は足を寄越したのだ。世間一般的な行動から逸脱している。当の本人はぐったりと床に転がり何度も瞬きする瞳で空を見つめていた。
寝ぼけているのか、素面なのか、だが慶次にはどちらでも構わないのだ。本人がそれで良いと思うのなら。

冷たい風は空を晴らし、幾千億もある星と一つしかない月を際立たせる。例えるなら名前は月だ。世間の波に流される事無く、己の思うがままに生きている。


「あんたも自由人だねぇ」


「…そうかな、普通だよ」


「膝枕に足を乗せたのはあんたが始めてだぜ?」


そう言われてみれば、名前は首から少しだけ体を起こし自身の足の在り処をじっと見つめる。だが修正する気も無く、また体は床に沈んだ。傍で慶次が笑っている。
慶次なら膝に何を乗せるのだろう?聞こえなくても良い小さな声で問うてみる。


「…相手が女なら、頭を預けるんだけどねぇ」


そもそも、男の膝枕なんて興味無いね。笑い混じりにそう言った言葉は、名前の鼓膜を静かに叩いた。
どうやら左近の鼾は納まったらしい。


空を星を月を風を、この身に感じて安堵して行く心。寂しげに見えていた景色はどこか賑やかな物に思えてくる。不思議な事だが、連れが居ると言うのはこう言う事なのではないだろうか。


「今夜は…眩しい」


名前は漸く瞼を下ろしてゆっくりと息を吐き出す。


「お月さんもやっと寝れそうか」


「…お月さん?」


気になりもう一度夜空の月を見上げてみると、いいやあんただよと返答が返って来た。



千の星闇夜を惑う影法師揺蕩う足を止める者無く

朦朧とする意識は、疲れを癒し始める合図だと聞く。くるりくるりと揺れているのんびりとした瞼に映る闇、小さな呼吸二つも連なって。もう夜が更けているのだと全てが教えてくれているようで、慶次もゆっくりと瞼を下ろす。

擦れかけた声で

お月さんは慶次だよ。

そう呟いた。

小さく押さえ気味に笑った慶次は、名前の膝を軽く叩く。意識は確実に落ちて行こうとしているのに、体は最後が来るまで止まない心臓の如く動いている。
私達はいつになったら眠れるのだろう。


終幕


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