燦然として
- - -
まさか、あなたも生きていたなんて。そんな言葉を聞いたのは、あの関ヶ原の地を逃げ延びひと気の無い森に身を隠していた時だった。あの戦いからどれだけの日が経ったかも分らないまま、折れた刀を震えた手で握り締めていた。運が良かったのだと思う、東軍の者に見つかっていたら確実に首を落とされていた。何故なら、既にもう戦う意味を失ってしまったからだ。


「お久しぶりです、幸村殿…」


少々擦れた声音に生気は感じられない。足元に転がりまるで死を待つかのような姿は、微かな呼吸を繰り返すだけで端から見れば人形と見間違うかもしれない。否、折れた刀を握り締め、戦う気力を失った彼女は既に人形と変わらないのかもしれない。何も口にしていないのか、すっかり痩せ細ってしまった体。あまりにも痛々しい姿に、幸村は奥歯を噛み締めながら刀を握る名前の手にそっと触れる。
折れた刃は近くに転がっていた、戦の最中に折れたと言う訳ではないらしい。やり場の無い感情をぶつけたのか?または自ら終わろうとしたのか?真実は本人の口から零れない限り意味を成さない。

微かに聞こえてくる呼吸だけが、不安に満ちる幸村の心を落ち着かせていた。たとえ戦に負けてしまっても、命さえあれば何度でも立ち向かう事が出来る、守りきれるものがある。幸村はそう考えている。少なくとも、自身に残る唯一の信念はまだ傷ついては居ない、どこか遠く見えるのはこの先の戦いだった。


「さ、手を…こんな所に居てはその身が危ない」


急かすように差し出す。
勿論、掴んでくれるとは思っていない。

彼女の戦いは終わったのだ、こうして体を起こす理由さえ残ってないのだ。それでもどこか諦め切れない熱の篭った気持ちが、六文銭を揺らす。出来るだけ力を、心を込めて名前の両肩を掴んだ。
生気の無い瞳が少々の動揺を映しながら、幸村をじっと凝視する。出来る事ならかまわないでくれと、そう伝えるかのように。黒目を揺らし、心なしか泣いているようにその瞼が震えていた。愛護心を沸き立たせるその瞳に、肩を掴んだ手に力が篭る。

何故、何故生きてはくれないのかと苦しそうに紡がれた言葉はまるで温かい湯に浸かるようで名前の瞳を細めた。


「…大阪で、会いましょう」


「え…」


「幸村殿も…行かれるのでしょう?」


幾分かしっかりとした声で名前は幸村をじっと見つめながら、そう呟く。流れるようにして吹く風は二人の上部の葉を揺らし、数枚の命を落とした。人の儚さに似て、ひらひらと地面へ落ちたのはそれから暫くして。このまま、この身さえ隠してくれたら大阪などと聞かなかったかもしれない、そんな戯言が浮かんだ。
長い睫を上下して、ゆっくりと顔を横にした名前は身近に見える地面と転がった刃に今度こそその瞳から涙を零す。穢れを知らない雨粒の様に、それが光を帯びて頬を流れて行く。その涙に、燃え尽きてしまった思いを感じ取る。


嗚呼、彼女は木の葉の如く地を滑りその身を投じてしまう。

もう、どうする事も出来ないのだと悟る気持ち。ゆっくりと離れていく幸村の表情は未だ険しいが、緩んだ口元はかつての面影を映し出す。戦に追われ、流れた森は自然の奏でる音色だけで今だけは平和だと感じさせてくれる。それも一時なのだと分っていながら、永久に願ってしまう。


「やはり、あなたは…その命諦めるおつもりか」


「…何が残っていますか、私に一体何が」


震えた涙声に、幸村は清々しい笑顔を浮かべながらこう口にした。


義、それだけはまだ残っていましょう。



貴方だけ燦然として我が道を進み己の命刻まん

小さく呼吸して、大きな空に手を伸ばして、私には重いと思いますが。まだ潰えて居ないのならこの手に感じさせて下さいませんか?
震えた声はやがて崩壊し、微かな命の鼓動さえ大きく揺らす。氷の様に熱を失った手の平に、そっと重なったのは火傷する程熱い熱い忘れかけた義の心だった。脳内、遠く聴こえるかつてのあの日々、楽しかった時間、忘れられない友の声、静かに響く。

さぁ、守りましょう。
我々の義を。

その言葉に引き上げられた体は、しがみ付いていた枷を外し。どこか清々しい空気が名前の肺を満たして行った。



「参りますか?大阪へ…」


終幕


|

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -