涙弾けて - - - 真っ赤な番傘を広げ石垣の隅にしゃがみ込む。普段から人通りの無いこの場所なら、どんな顔をしてても他人に知られる事は無い。気兼ね無く大きく溜息を吐き出すと、行き場のない苛立ちに目頭が熱くなった。 少し前、三成と激しい言い合いをしていたがそれ程弁の立たない名前は己の考えを口に出来ないまま尻尾を巻いて来たのである。些細な喧嘩だった、対して気にすることでもない。だが、口に出来なかった不満が名前の心を押し潰そうとしていた。 番傘を滑る大粒の涙。冷たく地面で弾けては泥濘を増して行く。 「こんな所で足を止めてどうした」 泥濘を踏みしめながら近寄って来る声に、名前は傘をしっかりと持ちながら俯いた。まさかこんな所を通りがかる人が居るとは思わなかったのだ。 その声の主は次第に距離を縮め名前の前で足を止めると、大きな体を丸めながらしゃがみ込んだ。 「こりゃあ大雨だ、傘が幾つあっても足りないねぇ」 名前の俯いた様子を見てその男は楽しげに笑った。 「前田慶次…やめて、からかわないで」 「本当の事を言ったまでよ」 お前さんも難儀な人だねぇ。衝突を避けるのもまた一つの道よ。 その口振りからして、三成の件を耳にしているのだろう。優しく紡いだ言葉は宥めるかのように名前の耳に届く。 「わかってる…でも溜飲が下がらない。悔しい、とても悔しい」 震える声に涙は幾つも頬を流れて行った。胸の中、行き場の無い停留する苛立ちが重さを増して行く。 上手く言葉を紡げず落ち着けず、駄々をこねる子供の様だと思う。だがもう少し弁の立つ人間だったなら、お互い良い話し合いが出来たと思うのである。結果的に喧嘩を招いてしまった名前はまだまだ子供だった。 「喧嘩する程仲が良いってね…この程度で落ち込むなんざ、あんたらしくないね」 「自分の幼さが嫌いなだけ…前田慶次、あんたみたいに大人になれないんだよ」 地面で弾ける涙は、熱に浮かされ辺りは少しばかり霧に隠れて行く。それなのに傘を滑る勢いは止まりそうにない。傘を差して居ても濡れて行く小さな体を、慶次はただ静かに眺めて居た。 傘滑る涙弾けて稚さ小さき体空威張りして 「なら大人になれば良い、簡単な事よ」 頭で理解しても、行動に移せないのが拙さ。だから息苦しいのではないだろうか。それを簡単な事と片付けられる姿を見て、羨ましく感じながら名前は苦笑いを浮かべる。 そんな人間になりたいよ。 不器用な姿は鼻を啜りながら涙に濡れた頬を拭う。未だ降り止まない雨に肌寒さを感じながら、慶次は名前の小さな鼻を摘まんで大きく笑うのだ。 終幕 ← | → |