奇計に躍る
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昨晩の深酒で起き上がって居る事でさえ苦痛だと言うのに、そう言う日に限って忙しいのは何故だろう。明日の為に早々帰りたいと願ったが、帰してくれなかった目の前の男が恨めしい。記憶が薄れる程飲み続けた名前は結局寝付けず、酔いから来る不調を引きずっていた。

「私はそれを届けて早く休みたいのですが」

「急いでるよ、とってもね」

戯けた様子で半兵衛はそう言うが、急いでる様には到底思えない遅さである。いつもの仕事ぶりを見ていれば、容易にその違いに気付く。

待ってる間寝てたら?そんな言葉に名前は大層狼狽えた。この現状を作り出した張本人の言葉とは思えなかったのだ。半兵衛の事だ、何か理由が有るのだろうが名前には皆目見当が付かない。
それでも起きてるには辛過ぎて、結局名前は座布団を枕に横になる事にした。世界が回転してるように視界が揺らぐ、多少なりとも酒は抜けたはずだがそれは一向に良くなる事を知らない。

「知ってる?名前、今日は縁談で偉いお役人さんが名前に会いに来る日なんだよ?」

縁談と聞いて名前の体がびくりと反応した。前からねねに縁談の話を勧められては居たが、縁談をする事で豊臣勢が有利になるとは思えない。とても可愛がって貰っては居るが、それだけの様に思える。
その言葉を聞き漸く事の次第を理解した。

「だからと言ってこんなのって…」

酒臭い息を吐きながら名前は呆れた様子で半兵衛を見遣る。

「居なくなると新しい策考えなきゃでしょ?面倒じゃない」

それが軍師の勤めだと思うのだが、口にはしないでおいた。
どの道、この様子では動く事も儘ならない。一度体を休めてしまうと、どうしても起き上がるのが億劫になる。起き上がったら、もう吐き気を我慢出来なくなる様な気がした。

「私の代わりに届けてくれますか?もう無理です」

「良いよっその代わり、まだお嫁に行かないでよね」

有能な者は出来る限り策の内に留めて起きたいのは軍師の我儘だろうか。戦となれば、失うものも多い。その中で最大限の力を発揮する為には、有能な者が不可欠。
半兵衛は筆をそっと手放して、畳の上でだらしなく寝転がる姿を見詰めた。

袖を引く奇計に躍る瞳なれ寄り縋る血を感受する

「ご心配無く、私は戦人ですから女の幸せは必要ありませんよ」

「ご心配無く、行き遅れたら責任持って貰ってあげるから」

戯けたように笑いながら半兵衛は床に転がる酒に溺れた女を楽しげに見つめるのであった。

終幕


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