捲土重来 - - - 遠征した先での戦で、颯爽と味方軍を薙ぎ払った将が居た。身のこなしは素早く、一撃は的確に急所を狙う。戦慣れしてなければ出来ない動きに敵ながら感心したが、隻眼の姿には物足りなく。その身を投じる事ですぐ様終結する事となった。 武器を弾かれ戦う術を失った将は抵抗する事も無く、その場に崩れた。敗戦の将は首を低く差し出し、静かにただ静かに来るべき時を待つ。 本来ならここで終わりにするべきなのだろうが、これ程の実力を持つ者をやすやすと討ち取るのは惜しいと感じた。これからも戦は続く、生き残って行く為には実力者が必要。夏侯惇は、膝を折り視線を低くするとその将をじっと見つめた。 「お前の武、殺すのは惜しい」 夏侯惇はその将が顔を覆って居る布を力任せに剥ぎ取った。その力に倒れそうになりながら現れたのは色素の薄い長い髪。 辺りの兵達も息を飲んだのが分かる程、静まり返った。 「名前と申します、敗戦の将に情けは無用です…討ち取って下さい」 凛とした声で名前と名乗る将は夏侯惇の瞳をじっと見つめた。その瞳の奥に、強い想いが逃げ場を求めて燃えているようだ。あまりにも強い意識を持て余してるように受け取った夏侯惇は不敵に笑みを零した。 討ち取れと口にしながら、体が死しても想いだけは死なないと叫んでいる。尚更殺すのが惜しくなると、無骨な指で細い顎を掴んだ。 「殺すのは惜しいと言っただろ?俺達と来い、孟徳の世界を見せてやる」 夏侯惇の低い声が名前の鼓膜を叩くと、敗戦の汚れた世界が一瞬だけ明るく見えた気がして何度か瞬きをする。だが明るく見えたのはその一瞬だけで、敗戦した惨めな世界が再び広がっていた。 掴まれた顎が痛む。 「歴戦の将でも女の扱いには疎いようですね、女の顎は優しく摘む物ですよ」 狼狽える様子を尻目に、名前は先程の光を思い出していた。まるでそれを乞うてるかの様に、名前の心を捉えて離さない。 諦めをゆっくりと瞼に閉じ込めて、未だ縛られて居る手首を動かしながら。 「曹操様の世界、見せて頂きましょうか」 その瞬間、満足そうに口角を上げた夏侯惇の刃が風と共に締め上げる縄を斬り裂いた。 新天歩む 捲土重来 魏の軍勢に混ざり馬を走らせながら目の前の遠い空を見上げると、雲の切れ間から太陽の光が一筋となって地上を照らして居た。 終幕 ← | → |