朧げ映り - - - 季節の変わり目は何時でも訪れるが、体調を崩す事なんて今まで殆ど無かった。だが戦続きで酷使した体はあっさりと敗退。仕方なく落ち着くまで、部屋で養生する事となった。 体は気怠く熱があるのか思考も儘ならないが、ただ部屋で休んでるだけと言うのも退屈で結局筆を握って居た。 しかし、濁った白と黒の対比が頭を混乱させ漆黒の蛇が走って居るように見えてくる。いよいよ意識も遠退く勢いで頭が痛んだ。 「こらっダメじゃない寝てなくちゃ」 突如背後から聞こえて来た声に、驚愕した名前の手から筆が転がった。点々と墨を散らして恐る恐る背後を確認すると、何時の間にかねねが頬を膨らませてこちらを睨んで居る。 忍のねねにいつ部屋に来たのか、そんな言葉は不要で名前はただ困った様に笑って見せた。 「ほら布団に入るっ」 びしりと布団を指差され、刺激しないよう素直に布団へと転がった名前は横たわった事で漸く蛇から解放された気になる。 ねねは大人しく布団に入る様子を満足そうに見届けると、布団の脇に座ってにっこりと微笑んだ。 「すみません…寝てるだけも退屈で」 「わかるけど名前ちゃんは病人なんだよ?」 ただでさえいつも忙しそうなんだから、こんな時位はゆっくり休んだら良いんだよ。休まなきゃ、何も出来ないだろ? ねねの少し冷たい掌が名前の額を撫でる。その温もりが妙に心地良く、次第に瞼が重くなって行く。 「無理をしちゃいけないよ、みんな心配してるんだから」 残念ながら呆れてる者と馬鹿では無かったと笑ってる者しか名前の頭には浮かんで来なかった。今もどこかで笑って居るのではないかと思うと、ねねの優しさが身に沁みる。 「おねね様も忙しいのに、面倒をかけます」 何とか意識を保ちながらずっしりと重い唇から紡いだ言葉は、聴き取る事も困難そうだがねねは首を横に振った。 子供の面倒を見るのが母親の仕事じゃないか。あたしは嬉しいよ。 墨の蛇敵わぬ母に尾を巻いて朧げ映り霞んだ熱 幼い頃母親が痛む箇所を撫でてくれ、何故か不思議と痛みが引いて行った物だが。ねねの掌を額に感じ、熱も少し軽くなったような気がした。 額が冷える事で朦朧から引き上がるような意識に瞼を上げると名前を見つめる優しい瞳がそこにあった。 「少しは楽になったかい?」 終幕 ← | → |