河梁之吟
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姜維が魏を離れてから、あの時の事を良く思い出す。仲間を振り切り単騎で馬を走らせ、姜維を救いに行こうと必死だった。あそこで馬が倒れてしまってから、追い付いた仲間に引き摺られどんどん遠退いて行く景色に思わず涙が零れた。あの時、馬が倒れなければと今でも思う。
風の頼りで耳にする姜維の功績、諸葛亮の下で奮戦しているかつての仲間。

戦場で合間見えた時、どんな顔をしたら良いのだろうか。名前は拠点の真ん中に立ち竦み、迫り来る喧騒を不安気に見つめた。

「名前…会えて良かった」

ここが戦場じゃなければ、名前も素直に喜んだかも知れない。だが、お互いの居る場所は随分と離れてしまった。

「何を呑気な…私は姜維を見捨てたのに」

「それは違う、私は自分の意思で蜀に行ったのだ」

お前が苦しむ事は無い。だから、どうか笑って欲しい。
姜維の言葉に、今迄心に沈んで居た大きな後悔の念が次第に消えて行くような気がした。だが、それはこの後起こるであろう争いを表して居るのかも知れない。
名前は悲しそうに辺りを見回すと、既に小競り合いが始まって居た。残された時間はもう少ない。
名前は姜維を見つめて小さく笑うと、愛刀の柄を強く握り締める。

「名前は私の心の太陽だ、今もそれは変わらない…」

「有難う…姜維」

お互いが武器を構え、辺りは一気に喧騒に包まれて行った。
ぶつかり合う金属音の中、2人の影もまた争いに投じられる。


掻鳴らす 河梁之吟

一度本気で戦って見たかった。
風を纏い、お互いの本気がぶつかり合う中姜維は少し楽しそうに口にした。勝敗よりも、名前は何よりも姜維の一撃一撃を目に焼き付けるように己の剣に受け止めて行く。時折横切る切なさ故の意識を振り払い、ただ只管に。

「姜維…貴方は私の安らぎ、この先も変わらない」

小さくそう呟くと、その言葉を皮切りに一層激しくなる剣と槍の交わる先の姜維が切なそうに頷いた。

あの時、馬が倒れなかったとして一体何が変わっていただろうか。己が信じる道は、決して交わる事は無かったと言うのに。


終幕


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