孤軍奮闘 - - - 風に煽られて、轟々と燃え盛る炎は更に勢いを増して行った。視界を埋め尽くす程の火の粉と慌てふためく人の背。このまま船に残って居たら危険だ。そう理解してながら敵の侵入路に立ち、ただ只管目の前の敵を薙ぎ払って行く。我が主がこの危険から離れるまで、何があってもこの場を離れる訳には行かなかった。 「名前、そなたは真面目な将よ…だが」 その真面目さがいつか己を祟る事になるやも知れぬ。時には、気を抜く事も必要だ。 酒宴で負けられぬと深酒した時も、戦で手負いの中敵本陣に向かった時も、曹操はどこか切なそうに名前を見るのだ。無茶ばかりする名前にそんな言葉を掛けてくれたのは赤壁へ向かう少し前の事だった。 「曹操様の首が欲しいならこの私を倒してみろっ女だからと甘く見るなよ!」 火の粉を振り払いながら、灰色の煙を吸い込むような空に幾つもの鮮血が吹き上がった。焼ける匂いに鼻は役に立たず、肌を焼く様に熱気が顔を覆って呼吸も儘ならない。地獄があるなら、この灼熱の赤壁の様な場所なのかも知れない。 剣を振る傍、そんな事を考えていた。 「そなたの武、わしの下で咲かしてみせよ。よいな?」 地獄を目の前に、曹操と交わした僅かな言葉が幾つも思い出された。それは、過酷に身を置く名前にとって唯一の救い、痛みの感覚も燃え尽きたように消えてしまったボロボロの体に染み渡るようだった。 やがて、敵将も燃え盛る火に進軍を躊躇い数を減らして行く。強く踏みしめれば、足元は無残に崩れそうな悲鳴を上げる。 名前は遂に剣を鞘にしまい込むと、一気に川の中に飛び込んだ。冷たく濁る水の中、焼けた肌を冷ます痛みと疲労感で上手く泳ぐことが出来ない。このまま終わってしまうだろうか、もがきながらそんな事を考えて名前の意識は途切れた。 豪炎の闇 孤軍奮闘 「また、無茶をしたようだな…名前」 どこか、遠い意識の向こうでそんな声が聞こえた気がした。 終幕 ← | → |