生きる眼よ
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蚯蚓が土から這い出す程の、熱の降り注ぐ日。じりじり焼け付くように目の前は熱い空気に翻弄されていた。井戸水を頭から被れば、黒髪を雫が幾つも滴り落ち、やがて乾いた地面に染みを作る。
一週間の命を叫ぶ蝉も、随分と数を減らしたように思う。これもまた、夏の終わりと秋が忍び寄る音なのだろうか。名前は冷たい体を起こしながら、真っ青に染まった空を見上げた。

長閑に流れる時間と、戦までの逸る時間は、案外でんでん太鼓のように姿を交差している。呆気ない時間である。


「随分涼しそうだねぇ」

見上げていた空を遮り、金色の髪が名前の視界いっぱいに広がった。

「なら慶次殿も被れば良い」

「……さて、どうするかね」

意外にも渋る様子の慶次に名前は呆れた顔で、びしょ濡れの体で、立ち上がる。慶次は鎧なんて身につけて、今にも飛び出して行きそうな格好をしていた。
徳川の天下になり、随分治安も良くなったものだが。生まれ持った性分は未だ、熱を帯びてゆらゆら揺れているみたいだ。

打って変わり、着流しに身を包んだ名前は随分落ち着いたものだ。刀も鎧も、もう随分触って居ないのでは無いだろうか。

「そんな死んだような目をする位なら、俺みたいに暴れまわった方が良いと思うがね…」

「…何を今更」


人は、決して離してはならないものを失うと生きても生きた心地がしないものだ。ましてや、敵方だった徳川の天下を生きているのだから尚更である。
名前は慶次のように、風に流され自由気ままに生きれる程器用な人間では無かった。蚯蚓のように、土から這い出て死を待つようなもの。

今更暴れまわった所でこの気が済むような事はないのだ。

「生ける屍とは良く言ったものだねぇ」

「私は…私が恨めしいんだよ、自分を許せないんだよ」

そうした所でへらへらしていた慶次も表情を固くした。否、名前が次何を口にするのか待っているのかもしれない。

名前はしたしたと水を落としながら、足を前に踏み出して桶に掛けてた手拭いを拾い上げる。


「ただ…生きてるだけでもまだましだろう…」

例え胸を張れる程の功績が無くても、仲間を後追いせず生きてるだけでも。
手拭いで濡れた黒髪を拭きながら名前が言う。その表情が心なしか明るい事に、慶次はほっと安堵しながら小さく頷いた。


何よりも恨めしいのは懇望の死すら免れ生きる眼よ

二人の頭上で厚い雲がのんびり風に流されていた。
嗚呼、懐かしき思い出もまた、増え続ける記憶に流されやがて追いやられて行く。世知辛い世を生きる者には痛々しい刃にもなろう。
それでも尚生き続けるのは人の性。

終幕


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