厄落とし
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しんしんと降り続き、雪深くなるこの地も。漸く一年が過ぎようとして居た、月のように丸い雪見窓から全てを覆い尽くす白い綿雪が地面へ吸い込まれて行く。掘り炬燵を囲んで、熱い茶の湯を口に運べば冷えた体に熱が広がった。
ほっと吐いた息は仄かに白く、炭を焚いてるとは言え大雪のこの日は大変身に沁みる。

名前は微睡む瞳を何度も眠気に誘われながら、目の前に置かれた蕎麦を凝視した。湯気を立たせながら、器の中身が容易に確認出来ないが蕎麦の他には大して具は入ってないようだ。

「漸く年越しだと言うのに…随分質素な蕎麦だな」

「年越し蕎麦と言うなら、蕎麦だけあれば良いさ」

今晩は慶次に年越しを誘われた、女中の仕事も昨日仕事納め。一人で過ごす年越しならばと、遠慮せず上がらせて貰ったのだが。まるで実家に帰ったような懐かしさが部屋に広がって居る。
ささやかな鏡餅も、派手過ぎない正月飾りも、名前の実家に良く似ていた。

今年は雪深く実家まで帰る事叶わなかったが、こんなのんびりとした年越しも悪くないと心で思った。


「今年が終わる…」

「なぁに…また来年が来て、今年を過ごすさ」

慶次の言葉は当たり前の事だが、慶次の口から聴くと何故か特別な物に感じる。それが一体何なのか分からず仕舞いだが、それならばそれで良いのだ。
静かな時間を過ごして居ると、突然屋根から落ちてきた雪が家を震わせた。名前は驚いて虚ろな瞳を覚醒させると、楽しげに笑う慶次と視線がぶつかる。何か体を走り抜けたと感じたら、今度は空を震わせる雷鳴が響き渡った。

只でさえ雪深いこの地に、また白が降り注ごうとしていた。雷は遠いようだ。


「あ…雷が霰を…」

呼んだみたいだねぇ、慶次が言う。
激しく打ち降りてくる音色を耳に感じながら、床に転がっていた慶次は勢い良く起き上がると箸に手を伸ばす。

遠く、遠くから除夜の鐘が鳴る。この大荒れの中鐘をつく者はさぞかし不便だろうに。
名前も蕎麦を頂きながら、体を支配して行く出汁の風味に溜め息が零れた。

「これで厄も落ちたかな」

「さぁな…まぁ来年も食べに来たら良い、蕎麦なら幾らでも余ってるさ」

優しく微笑んだ慶次、熱くなる頬を隠しながら名前は蕎麦を大いに啜るのであった。


空が泣き深雪共に神降りる蕎麦口に詰め厄落とし也


終幕


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